『基本憲法1—基本的人権』(著:木下智史・伊藤建)

一冊散策| 2025.10.23
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はしがき ―「憲法がわかる」ということ

本書は、法学部や法科大学院において、これから憲法を学び始めようとする人々、ひととおり憲法について勉強したものの、どうも馴染めない、「苦手」だという人々に向けられている。

定価:税込 3,300円(本体価格 3,000円)

高校までの憲法についての教育のほとんどが「条文暗記教育」であったためか、憲法の勉強とは、条文やお決まりの一節を覚えることであると思い込んでいる者も多い。しかし、「憲法を学び、憲法がわかる」ということは、条文や判決文を覚えることでも、パターン化された答案構成を覚えてむやみに「審査基準」を操作することでもない。基本的な概念の定義とそこから導き出される命題を身につけて、論理的な結論を導き出せるということである。

なぜ、憲法について、このような作業ができるようになることが求められるのだろうか。それは、憲法も「法」であり、紛争解決のための手段として用いられるからである。紛争といっても、訴訟事件に限られない。憲法は、しばしば国会などにおける政治上の争いの場でも言及される。また、政府の政策をめぐって、市民の間で「○○は憲法に違反しないか」が論じられることもある。

このような議論において、各々の価値観だけを対立させたところで、それは対立していることだけを確認する不毛な結果に終わる。憲法を学ぶことが嫌いな人の中には、憲法をめぐる対立が即、価値観の対立に終わってしまうことがいやな人も多い。

しかし、法的議論とは、激しく利害関係が対立する当事者が、その対立を、共通に認める法規範をめぐる対立に組み替えることを通じて、裁定の結果を受け入れやすくするための知恵である。価値観をめぐる対立が露骨に出やすい憲法をめぐる論争においても、ひとまず論争当事者が法的議論の作法に則った主張を構成し、それぞれの主張の説得力を競うようになれば、市民の間での憲法についての理解は確実に深まり、生産的な議論が行われる可能性も高まるであろう。

法的議論として憲法を論ずるためには、自らの主張を憲法に基づいて構成し、できるだけ説得力をもつようにしっかりとした理由づけを考えなくてはならない。憲法に基づく、自らの主張・判断を説得力をもって語ることができるようになること、すなわち憲法に基づく主張ができることが「憲法がわかる」ということである。

本書は、憲法上の各権利・自由について、原則として、①権利・自由の意義、②権利・自由の内容、③権利・自由の判断枠組み、そして④権利・自由をめぐる具体的問題という構成で解説し、各講ごとに演習問題も収めてある。①②③で得た基礎知識を使って、④の具体的問題を考察し、さらに演習問題にも取り組むなかで、「憲法がわかる」というプロセスを体験してほしい。

以上述べたように、本書は、読者が最高裁の判例や有力な学説をできるだけうまく使って説得力ある自分なりの憲法上の主張を作り上げるための一種の「学習参考書」であり、著者の見解を体系的に示すものではない。したがって、その基本的スタンスは、最高裁の判例または支配的な学説に従って論じたつもりである。ただし、司法試験では、対立する見解に基づく立論も求められるので、有力な最高裁の反対意見や有力な学説についても採り上げるように努めている。

本書は、司法試験受験者の間で大きな信頼を得ている伊藤建氏との出会いから生まれた。2年間以上にわたり毎月1度、長時間の会合をもち、その後も何度にもわたるメールの交換を通じて、全体の構成、判例の採否、個々の記述・文章表現に至るまで細かく検討した。おかげで、必要な情報を十分盛り込みながら、初学者にもわかりやすい解説となったと自負している。本書の内容は2人の間のやり取りの結果ではあるが、序章と第14講までの最終的な文責は木下に、第15講の文責は伊藤氏にある。

日本評論社の田中早苗さんの熱心な勧めとサポートなしには本書は生まれなかった。田中さんは、木下と伊藤氏との間をとりもち、いつ果てるともしれない2人の話に付き合ったうえで、少しでもわかりやすい文章となるよう数多くの提案もしてくださった、本書の第3の著者というべき存在である。心からの感謝を捧げたい。

2017年1月
木下 智史

序章 ― 判決文に学ぶ(一部抜粋)

目次

序章—判決文に学ぶ
第1講 基本的人権総論(1)—基本的人権の守備範囲
第2講 基本的人権総論(2)—憲法上の権利の限界
第3講 幸福追求権
第4講 法の下の平等
第5講 精神活動の自由総論・思想及び良心の自由
第6講 信教の自由・政教分離
第7講 学問の自由
第8講 表現の自由
第9講 経済活動の自由(1)—職業の自由
第10講 経済活動の自由(2)—財産権
第11講 人身の自由
第12講 社会権
第13講 参政権
第14講 国務請求権
第15講 憲法事例問題の解法

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