『入門刑法1 総論』(著:大塚裕史)
はしがき
本書は、司法試験・予備試験・法科大学院入試・学部期末試験などにおいて試験科目としての「刑法」を学習する必要のある受験生を対象に、刑法総論の重要問題を基礎から平易に解説する意図で法学セミナー誌2023年4月号から2025年3月号に連載した「入門刑法Ⅰ〔総論〕」に、その後の判例・学説の動向を踏まえて大幅に加筆修正を行ったものである。
筆者は、既に3名の研究者と共に、『基本刑法Ⅰ—総論』『基本刑法Ⅱ—各論』(日本評論社)を上梓しており、同書は大学の授業のテキストとして採用されたり、受験勉強のバイブルとして活用されるなど幸いにも多くの読者に恵まれている。そうした読者の皆さんから、『基本刑法』はわかりやすいが、頁数が多いので短い時間でその内容を完全に理解するのは容易ではないという声が寄せられている。たしかに『基本刑法』は総論、各論を併せると1000頁を超えるので、これを一読するだけでも相当な時間がかかる。そこで、『基本刑法』の全体像を短時間で理解できるような入門書があればこれをあらかじめ読んで、刑法の土台をしっかり理解してから『基本刑法』や『応用刑法』に取り組めば効率的な学習ができるであろうと考えた。それが本書執筆の動機である。
本書のタイトルは「入門刑法」である。入門とは、ある分野について学習を始めることをいう。刑法の入門書としては既に多くの書物が公刊されており、それらは刑法学をこれから学ぶ読者に少しでも興味や関心をもってもらうことを狙いとした啓蒙書である。これに対し、本書は、このような一般的な入門書とは異なり、試験科目としての「刑法」を突破するために本格的に学習しようと考えている受験生を対象としたガイドブックである。したがって、受験生としてどうしても理解しておかなければならない刑法の基本的な知識だけに絞り、それを掘り下げて基礎の基礎から説明するものである。
本書の最大の特徴は、情報の取捨選択を極端なまで行い、受験生が理解しておかなければならない最低限の知識に絞って解説している点である。しかも、読者の理解が深く正確なものになるよう、各講の冒頭に「学習のポイント」を掲げその講の到達目標を示し、事例問題を提供し、問題の所在、基本的事項との関連、問題の分析の仕方を示し、判例実務の結論を既存の刑法理論を参考にしつつ解説を加えるなど読者の目線に立ってさまざまな工夫を加えている。
教科書や論証本を読み、表面的な理解しかしていない受験生は、さまざまな事案に的確に対応できる応用力に乏しい。司法試験・予備試験等で求められているのは、複雑な事実関係を法的に分析した上で、事案の解決に必要な範囲で法解釈論を展開し、事実を具体的に摘示しつつ法規範への当てはめを行い妥当な結論を導くことのできる能力である。そして、こうした能力の前提となるのは「刑法に関する基本的事項に対する正確な理解・深い理解」であることを忘れてはならない。基本的事項を正しくかつ深く理解している者は、いわば守備範囲が広く、どのようなボールが飛んできても着実に処理できるのである。
刑法の学習を効率的に進めていくためには、段階を踏んだ学習を行うことが肝要である。いきなりハードな内容に飛びつくのではなく、最初は無理のないところからスタートし、ある程度の知識が身についたら、少しずつレベルを上げていくことで試験に太刀打ちできるような揺るぎない実力を修得することができる。本書はいわば初級レベルで、これを理解することで中級レベルの『基本刑法』や『応用刑法』が自由に使いこなせるようになる。
本書の考える「入門」はこのような意味であり、決して簡単なことだけを並べた本ではない。むしろ刑法学の土台に当たる内容を解説するものであるから腰を据えてしっかり読み込んでほしい。1回読んでその内容が理解できたからといってそれで終わりにしてはいけない。むしろ、何回も読んでしっかり頭に定着させることが重要である。それが、刑法の実力を飛躍的に向上させることになるであろう。
なお、本書の書名は「入門」ではあるが、決して初学者だけを対象とするものではない。むしろ、既に刑法の学習をある程度進めている人が知識の漏れを防ぎ理解を深めるのに極めて有益であろう。
本書は、入門書ではあるが、暗記型の学習から「思考型」の学習への転換を図り、刑法学の基礎をしっかり固めたいと考える読者の皆さんの「道しるべ」となることをめざしている。『基本刑法Ⅰ—総論』や『応用刑法Ⅰ—総論』の該当部分と併読されると理解はより一層深まるであろう。
最後に、本書の誕生にあたっては、日本評論社編集部の田中早苗さんに大変お世話になった。田中さんには連載当初から細かく原稿に目を通していただき、読者の目線に立った貴重なアドバイスを常にいただいている。この場を借りて心より御礼申し上げたい。
本書が、刑法を効率的に学習したいと願う読者の皆さんの期待に応えることができるならば、執筆者としてこれにまさる喜びはない。
2026年2月
大塚裕史
第1講 刑法解釈論の本質(一部抜粋)
目次
Ⅰ 刑法の基礎
第1講 刑法解釈論の本質
第2講 犯罪論の基礎
Ⅱ 構成要件該当性
第3講 実行行為と不作為犯論
第4講 因果関係論の基礎
第5講 危険の現実化説の判断構造
第6講 故意論
第7講 具体的事実の錯誤
第8講 抽象的事実の錯誤
第9講 過失犯論
Ⅲ 違法性
第10講 正当防衛の成立要件
第11講 正当防衛論の諸問題
第12講 緊急避難論
Ⅳ 責 任
第13講 責任阻却事由
Ⅴ 未遂犯
第14講 実行の着手論
第15講 不能犯論
第16講 中止犯論
Ⅵ 共 犯
第17講 正犯と共犯
第18講 共同正犯の基礎理論
第19講 共同正犯の成立要件
第20講 共謀の成否
第21講 共謀の射程と共同正犯の錯誤
第22講 共同正犯の成立範囲
第23講 共犯と身分
Ⅶ 罪数論
第24講 罪数の数え方と本来的一罪
第25講 数罪の処理方法
書誌情報
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- 『入門刑法1 総論』
- 著:大塚裕史
- 定価:税込 2,860円(本体価格 2,600円)
- 発刊年月:2026.03
- ISBN:978-4-535-52899-4
- 判型:A5判
- ページ数:352ページ
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