『伊藤真の行政法入門[第4版] 講義再現版』(著:伊藤真)

一冊散策| 2026.04.24
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

第4版はしがき

定価:税込 1,980円(本体価格 1,800円)

第3版の出版からわずか5年にもかかわらず、この短期間で世界は大きく変わっています。

2019(令和元)年末から世界的に蔓延した新型コロナウイルス感染症でしたが、2023(令和5)年には5類感染症に移行し、社会はコロナ禍前の落ち着きを取り戻しつつあります。

また、2022(令和4)年頃から、ChatGPTを代表とする生成AIが一般に流通するようになりました。正しく利用すれば便利である反面、生成物が他者の著作権を侵害してしまったり、入力した情報がAIに学習され第三者に漏洩するリスクがあったり、ハルシネーションとよばれる誤情報が紛れ込んだりといった問題点も指摘されています。

これから先の未来は、これまで以上の速度で目まぐるしく世界が変わっていくことでしょう。このような変革の時代においては、「ぶれない軸」をもった上で、変化に対して柔軟に対応することが大切です。そして、「ぶれない軸」を支えるものこそが、正しい知識にほかなりません。

行政法を学ぶことは、日ごろニュースで見る社会の動きを法的に分析できるようになることであり、ひいては将来の社会情勢をある程度正確に予測できるようになることでもあります。

第3版の出版後、新型コロナ禍に関する重要な裁判例がいくつもでています。当時を思い出しながらこれらの裁判例を学ぶことで、行政法が私たちの生活に非常に密接な学問であり、学んだことが実際の社会においてどのような形であらわれてくるかを、具体的にイメージすることができるでしょう。

本書が、行政法を身近なものと捉えるきっかけとなり、あなたの行政法学習の礎となることを願っています。

2026年3月
伊藤真

はじめに

行政法は身近な法です。

喫茶店や中古品のネット通販等の自営業を始めるならば、役所に行って営業許可を受けたり、届出をしたりすることが必要です。自動車を運転するならば運転免許をとらなければなりません。自分の土地だからといって、どんな建物でも建てることができるわけではなく、その種類や高さなどは法で規制されています。横断歩道を赤信号で渡るとどういう罰を受けるか、水道料金や電気料金はどうやって決まるか、さらにはごみの分別にいたるまで、これらのことはすべて、法分野でいえば行政法が扱う領域です。行政法は、私たちの日常生活に密接に関わる法なのです。

しかも、行政法は、現代国家において不可欠な法です。

国が、国防や警察活動など最小限の機能さえ果たせばよいというのは、近代国家にみられる「小さな政府」の思想でした。しかし、現代の福祉国家では、国民のさまざまな要望に行政が中心となって対応していくことが期待されています。こうして「大きな政府」となった行政権は、コントロールできないほど肥大化する一方で、私たちの日常生活の細部にまで介入するようになってきました。行政が、国民の自由や財産、プライバシーや個人情報を侵害する危険は、国民の行政依存度に比例して高まっています。行政活動に監視の目を向けることは、国会や裁判所だけでなく、私たち1人ひとりが行うべきことです。自由な社会を維持していくためには、行政活動が法に則して行われているかどうかを、1人ひとりの国民がチェックしていく意識をもつことが必要なのです。

行政法は、憲法との関わりでも重要な法分野です。

行政法は、行政活動を法律で規律することによって、国民の権利利益を守るための法です。そのような法律は、憲法に則して、憲法価値を実現するために定められるべきものですから、行政法は行政活動を通じて憲法を具体化するための法といえます。いくら憲法上に、基本的人権の尊重や国民主権の理想を掲げても、それだけで憲法の価値が具体化できるわけではありません。その価値を具体化する役割を担うさまざまな法が必要です。その中心となるのが行政法なのです。

このシリーズの『伊藤真の憲法入門』のはしがきで、私は、憲法の価値、特に立憲主義と人権意識が社会に浸透していないことを指摘しました。残念ながら、今日でも状況はあまり変わっていません。憲法の理念を今まで多くの人々に語ってきて感じるのは、その理念が私たちの日常生活にどのように具体化しているのか、そういう切り口から語る人たちが少ないことです。それこそが、日本人の立憲主義の理解と人権意識が高まらない原因のひとつのように思います。

そこで、憲法の理想を日常生活に身近な行政法の切り口から語り、憲法と一体となっている行政法を、広く一般の人々に知ってほしい。そう思って書きあげたのが本書です。

ただ、本来一体として考えられるべき憲法と行政法が、学界でも行政実務界でも、特に戦後は別々の法分野として関連づけずに考察されてきたのが日本の状況でした。学界では憲法と行政法とを関連づけた論文は多くありませんし、実務界でも、憲法が、ともすれば机上の理想論と扱われてきた面もないわけではありません。それが今日の行政法の第1の特徴のように思います。

第2の特徴は、田中二郎博士によって戦後、いったん完成したかにみえる日本の行政法理論が、その後、徹底的に批判され、崩壊しかかりながらも、他方で確固とした行政法理論は確立されない状態にある、という点です。行政法をどういう視点から捉えていくべきかというバック・ボーンの問題に直面しているのです。そのときに、憲法と行政法とを一体として捉えて考えていくというのは、ひとつの重要な視点ではないかと私は考えています。

本書は、本格的な行政法の勉強に入る前の入門書として書かれています。入門書ですから、科目の全体像を簡潔に示すことがその役割のひとつです。科目の全体像をつかんで、スムーズに本格的な勉強に入ることができるような学習スキルを身につける役割がありますが、第2編以降でそのような任務を果たしたつもりです。

ただ、入門書にはもうひとつの役割があると私は考えています。それは、たとえば憲法ならば、立憲主義や個人の尊重のような、その法の精神を身につけることです。私が本書で一番伝えたかったのは、このような学習スピリットです。行政法に登場する個々の問題を考えるときに、ぜひ、憲法の議論と関連づけて考えてください。先にも触れたように、憲法と行政法とは、両者が十分に関連づけられずに今日まで来た一方で、行政法は、自分自身の存在根拠を探している状況です。こういう状況であればこそ、行政法を憲法的に考えてみるチャンスといえます。憲法的行政法という視点は、まだ十分な蓄積があるわけではありませんから、憲法的行政法の学習スキルを入門書でかみ砕いて伝えることはできません。しかし、その学習スピリットは伝えられるはずです。あえて、第1編「憲法と行政法」として、憲法と行政法との関係に紙幅を割いたのもそうした理由からです。

本書が読者として想定しているのは、法曹志望者だけではなく、法に興味をもつあらゆる人たちです。私は常々、憲法の人権や民主主義の素晴らしさを少しでも多くの方に知ってもらうために、講演などを通じて一般の人々に憲法を広める活動を行っています。講演の度に思っていたことがあります。日常生活に身近な行政法を、憲法的な視点で語ることができれば、より具体的な形で憲法の素晴らしさをさらに多くの方々に身近で具体的なものとして伝えることができるのではないかということです。ですから、第1編の「憲法と行政法」で伝えようとした憲法的行政法のスピリットは、一般の読者にもぜひ理解していただきたいところです。先にも触れたように、行政法は憲法の価値を具体化する法でもあります。そのため、多少難しいと感じても、憲法的視点で何度か読めば必ず理解できるはずです。

行政法を憲法的にみる視点をもち、憲法と行政法との垣根を少しでも低くできれば幸いです。

2011年3月
伊藤真

目次

第1編 憲法と行政法

 第1章 行政法という法
 第2章 行政法と六法
 第3章 憲法と行政法
 第4章 憲法の人権保障と行政法
 第5章 憲法の統治機構と行政法

第2編 行政法とは何か

 第1章 行政法の3分野
 第2章 公法と私法
 第3章 行政の仕組み─行政組織法

第3編 行政法の基本構造

 第1章 法律による行政の原理
 第2章 法律による行政の原理の内容
 第3章 行政過程─行政作用法
 第4章 行政争訟─行政救済法
 第5章 現代の行政法

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