「解放」としての企業家精神:歴史のなかのルース・ハンドラーとバービー人形

海外論文サーベイ(経済セミナー)| 2026.07.30
 雑誌『経済セミナー』の "海外論文Survey" からの転載です.

(奇数月下旬更新予定)

Giacomin, V. and Lubinski, C.(2024) “Entrepreneurship as Emancipation: Ruth Handler and the Entrepreneurial Process `in Time’ and `over Time’, 1930s-1980s,” Business History, 66(7): 1888-1915.
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矢島ショーン

はじめに

「企業家精神 (アントレプレナーシップ) 」は、今日の経済学・経営学における最も重要な研究課題の 1 つである。経営学者の清水洋によれば、企業家精神は「現在コントロールしている経営資源にとらわれることなく、新しいビジネス機会を追求する程度」と定義される (清水 2022, p.3)。対象を経済的な利潤 (富) の獲得につながる活動に絞ってよいのかなど、定義をめぐる議論は尽きないが、いずれにせよ、個人や組織の現状にとらわれずに新たなビジネス・社会変革の機会をみつける能力は、経済的な停滞に苦しむ今日の日本社会において、その重要性を増している。

今回紹介する論文は、社会的な規範や束縛からの「解放」を通じた企業家精神を歴史的に論じた研究である。本論文は、ボッコーニ大学 (イタリア) の Valeria Giacomin とコペンハーゲン・ビジネス・スクール (デンマーク) の Christina Lubinski が、2024 年に経営史のトップジャーナル Business History 誌に発表したものである。著者らによれば、企業家精神は長いあいだ、「富の創出に関わるもの」として狭く定義されてきた。これに対して近年、「社会的な価値の創出」を含むものとして企業家精神を再定義する動きが進んでおり、その代表例が「『解放』としての企業家精神 (Entrepreneurship as Emancipation)」論である。Violina Rindova らが唱えるこの理論は、既存の秩序からの自由・自律をもとめる「解放」が、企業家によるビジネス創造の駆動力になると主張する1)。「解放」としての企業家精神のあり方を歴史的に論じるのが Giacomin and Lubinski (2024) の核となるアイデアである。

「『解放』としての企業家精神」それ自体は、本論文による新しい議論ではない。本論文の新規性は、この企業家精神の類型を歴史のなかで発揮されるものとして分析した点にある。Giacomin and Lubinski (2024) が着目したのが、世界的な玩具メーカーのマテル (Mattel) を創業したルース・ハンドラー (Ruth Handler) である。ハンドラーは 1960 年代にはバービー人形の開発を主導し、1980 年代には別会社を立ち上げて人工乳房 (ブレストフォーム、breast prostheses) NearlyMe を普及させた。本論文は、ハンドラーへのインタビュー記録や回顧録を分析することで、彼女の企業家精神の発揮を「時代の文脈のなかで (intime)」、そして「時間の流れのなかで (over time)」把握することの重要性を主張する。社会的価値の問い直しを通じた企業家活動は、各々の時代の支配的な価値観との向き合いのなかでのみ発揮されうるからである。経営学では近年、歴史的な事例・データを用いた研究が活発に行われるようになっている2)。企業家精神をめぐる理論的な議論を導入したうえで、それを歴史的な事例を通じて検討する Giacomin and Lubinski (2024) は、こうした潮流の一環に位置づけられる。

マテルの創業

Giacomin and Lubinski (2024) は、ハンドラーの企業家精神の発揮に 2 つのピークを見出している。1960 年代のバービー人形の開発と 1980 年代以降の人工乳房ビジネスの立ち上げである。特に前者は、ハンドラーの生涯における最大のハイライトとなっている。本論文は、1960 年代のバービー人形の開発を「解放」として理解するにあたり、その背景となる 1950 年代までのハンドラーの活動の経緯から説き起こしている。

1950 年代までの時代は、夫であるエリオット・ハンドラー (Elliot Handler) と共同でマテルを立ち上げた時代であった。ともに 1910 年代のアメリカのコロラドで生を受けたルースとエリオットは、1938 年に結婚し、ロサンゼルスへと移住した。芸術家であったエリオットは、家具や贈答品、ジュエリーなどを製作する工房を立ち上げた。この工房が、1940 年代にマテルへと発展していった。ルースはすぐに会社の販売業務を担当するようになり、夫婦での経営が展開されていった。マテルは、第二次世界大戦後の消費回復の追い風のなかで拡大し、1950 年代には玩具産業の中堅的地位の一角を占めるに至った。とりわけ、巨大な広告費を用いた販売戦略を他社に先んじて展開した点が、同社の大きな特徴であった。

この時代、その後のルースの企業家活動に決定的な影響を及ぼす出来事が生じていた。家族形成である。1940 年代にルースは、エリオットとのあいだに娘と息子をもうけ、数年間仕事を離れて子育てに専念した。論文によれば、ルースは後年の回顧録で、自らが仕事に従事することを子どもたちが嫌っていたと振り返っている。母親としての自己と、経営者としての自己。この両者の緊張関係が、次節でみる 1960 年代のバービー人形の開発による「解放」としての企業家精神の発揮へとつながっていく。

バービー人形と新しい女性像

マテルは、1960 年代を通じて、アメリカ市場に特化した中堅業者から世界的な玩具メーカーへと成長していく。その基盤が、ルース・ハンドラーによるバービー人形の開発であった。本論文によれば、ルースはバービー人形の開発によって、男性優位の当時の玩具産業において主導的な女性経営者としての地位を確立した。

1959 年に発売されたバービー人形の特徴は、大人の見た目をした着せ替え人形である点であった。それまでのアメリカ市場における立体人形の多くは子どもの格好をしており、女の子が人形遊びを通じて母親の役割を演じることが想定されていた。そこには、保守的な時代であった戦後 1940$\sim$50 年代にかけてのアメリカの男女の役割分担に関する意識が深く投影されていた。バービー人形はこうした人形市場に革命をもたらした。大人の女性の風貌をした人形に、さまざまな役割・職業の服装を着せ替えさせることができる。さらに、服装のオプションは、新商品の開発によって限りなく増えていく。こうした特徴を持ったバービー人形は、初年度で 35 万個以上を売り上げ、60 年代の終わりには 150 万人がバービーファンクラブに登録するなど、巨大ヒットとなり、日本を含む外国玩具市場にも積極的に展開されていった。

Giacomin and Lubinski (2024) は、この社会現象となったバービー人形の開発を、1960 年代という時代のなかで解釈している。市民権運動に代表されるように、1960 年代のアメリカ社会は、それまでの社会秩序に対する異議申し立てが噴出した時代であった。ジェンダー関係の領域でも、ベティ・フリーダンの『女らしさの神話』 (1963 年初版) を 1 つの契機としながら、女性解放運動の新しい波が起こっていた。それはひとえに、家庭内にとどまることを求められていた女性に、職業世界への道をひらくことを目指す運動であった。バービー人形の着せ替え機能は、まさにこうしたさまざまな職業を担う新しい女性像のシンボルとして 1960 年代のアメリカ社会に受容され、社会意識の変革の一翼を担うことになった。

それはルース自身の「解放」を通じた企業家精神の発揮のプロセスでもあった。ルースは当初、バービー人形の発売をめぐって、夫のエリオットを含む社内の男性経営者・技術者からの強い反対に直面していた。ルースはのちに、バービー人形のポテンシャルを信じない夫に対して、固い決心をもって売り出しの準備を進めていったことを語っている。1940 年代以降、経営者としての自己と母親としての自己の緊張関係に向き合ってきたルースにとって、それは職業人としての女性の立場を創造する重要な「解放」の局面であった。

苦難のあとで:人工乳房ビジネスへの挑戦

しかし、こうした 1960 年代の成功は、長くは続かなかった。1970 年代になると、ルースは個人的な苦難の時代へと入っていく。契機は 1960 年代末のマテルへの批判の高まりである。バービー人形が過剰に細い女性の体型を理想化していた点や、マテルのアグレッシブな広告戦略が消費者団体の反発を招いた。そして、1973 年には 3200 万ドルもの巨額の赤字を計上するに至る。ハンドラー夫妻は株主集団訴訟のターゲットとなり、1975 年には追われるようにマテルから退く結果となった。こうした不運に加えて、1970 年代に病気がルースを襲う。1970 年に乳がんと診断され、乳房の切除手術を受けた。ルースは会社から追われ、闘病生活を送った 1970 年代を、「自らの人生における暗黒の時代」と回顧している。

この暗黒時代から抜け出すきっかけとなったのが、人工乳房の分野における起業であった。これが、企業家ルースにとっての第 2 のピークとなる。契機は自身の乳がんの経験である。術後に当事者として既存の人工乳房の市場に不満を覚えたルースは、1970 年代後半に装具デザイナーのペイトン・マッセイ (Peyton Massey) と組んでルーストン・コーポレーション (Ruthton Corporation) を立ち上げた。この新会社は NearlyMe と名付けられた人工乳房を売り出し、ロサンゼルスから全国へと市場を広げていった。NearlyMe は日常利用にフォーカスしたリーズナブルな人工乳房としての評価を獲得し、一定の成功を収めることになる。最も、1960 年代に世界的な玩具メーカーへと成長したマテルとは異なり、ルーストン・コーポレーションは自己資金をベースとした限定的な規模の事業にとどまり、1991 年にはヘルスケア製品会社であるスペンコ・メディカル・コーポレーション (Spenco Medical Corporation) に売却された。

Giacomin and Lubinski (2024) は、このように経済的には大きな利益をもたらすことはなかった人工乳房事業こそ、既存の社会秩序からの「解放」として企業家精神を定義することの有効性を示す事例だと主張する。ルースは、この新事業を「自らの女性性の回復プロセス」として捉えていたからである。NearlyMe の製造・販売は、1970 年代の評判の失墜と乳房の喪失によって女性企業家としてのアイデンティティを奪われたと感じた彼女にとって、そうした自己イメージを回復する手段を提供した。実際、ルースは 1980 年代の全国のデパートメントストアや販売拠点への人工乳房製品の売り込みを通じて、乳がんを生き延びた女性企業家としての自己イメージを繰り返し発信していった。また、ルースは NearlyMe の販売と並行して、多くの女性運動関連の NGO や女性経営者の集会に積極的に参加していった。本論文は、女性経営者としての自己認識と社会運動への参加の道を拓いたことを根拠に、人工乳房ビジネスがルースにとっての第 2 の「解放」としての企業家活動であったと結論づけている。

おわりに

本論文は「解放」としての企業家精神という経営学の議論を、歴史的な事例を通じて分析したものであった。ルース・ハンドラーという経営者が、1960 年代のバービー人形の開発、そして 1980 年代の人工乳房 NearlyMe の普及を通じてアメリカ社会における女性らしさの規範に介入する様子を、インタビューや回顧録を通じて描いている。それぞれの時代の文脈を意識した彼女の経営活動の分析が、経営学における概念的な議論に効果的に結びつけられている点で、経営学の研究に歴史的な手法を持ち込む際のベンチマークとなる研究成果であるといえよう。

さらに Giacomin and Lubinski (2024) は、近年の経済史・経営史研究におけるより大きな研究潮流を体現している点でも示唆的である。これまでに筆者が「海外論文 SURVEY」のコーナーで紹介してきたネスレとキリスト教会の対立を扱った Sabine Pitteloud の論文、そして脱植民地化の過程での銀行によるタッスクヘイブン業務の開拓をとりあげた Vanessa Ogle の論文と同様に、ルース・ハンドラーという 20 世紀の企業経営の事例を、アメリカ社会における女性解放という広範な社会・政治的な文脈に位置づけて分析している3)。次回執筆する記事でも、このような 20 世紀における経営と社会の関係を問い直す近年の研究成果を紹介する予定である。

参考文献

  • 酒井健・井澤龍 (2022) 「経営・組織論研究における歴史的転回:その軌跡と針路」『組織科学』 55 (4): 4-14。
  • 清水洋 (2022) 『アントレプレナーシップ』有斐閣。
  • Friedan, B.(1963) The Feminine Mystique, Norton (荻野美穂訳『女らしさの神話〔上・下〕』岩波書店、2024 年).
  • Giacomin, V. and Lubinski, C.(2024) “Entrepreneurship as Emancipation: Ruth Handler and the Entrepreneurial Process `in Time’ and `over Time’, 1930s-1980s,” Business History, 66 (7): 1888-1915.
  • Rindova, V., Barry, D. and Ketchen, D. J.(2009) “Entrepreneuring as Emancipation,” Academy of Management Review, 34 (3): 477-491.
(やじま・しょーん/東京大学経済学研究科・フライベルク工科大学経済学部博士課程)

 

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脚注   [ + ]

1. 「解放」としての企業家精神については、Rindova, Barry and Ketchen (2009) を参照。
2. 詳しくは、酒井・井澤 (2022) を参照。
3. Pitteloud および Ogle の論文については、それぞれ筆者が執筆した本誌海外論文 SURVEY の「多国籍企業は宗教的批判にどう向き合ったのか?」(2025 年2・3 月号掲載)、および「タックス・ヘイブンと脱植民地化の深い関係」(2026 年 2 ・ 3 月号掲載) を参照。

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