『倒産と人と社会 — 佐藤鉄男先生古稀記念論文集』(編:川嶋四郎・中西正)
『倒産と人と社会 ― 佐藤鉄男先生古稀記念論文集』を編集・上梓して
この度、縁あって佐藤さんの古稀をお祝いする論文集を上梓させていただきました。
私が研究者を志し、修士課程に進学して初めて参加させていただいた東京大学民事訴訟法研究会で、ご報告をされた佐藤さんにお会いしてから45年ほどが経過しました。たとえば、研究会の終了後本郷キャンパスの芝生の上で佐藤さんの球威のある直球を受けた記憶、札幌での研究会後に終電を逃してお宅にお世話になった記憶、『民事手続法入門』(有斐閣。現在、第5版)の執筆にお誘いいただき、夏休みに同志社大学リトリートセンターで持ち寄った原稿を検討した後、琵琶湖ミシガンクルーズにお誘いいただいた記憶、『テキストブック現代司法』(日本評論社。現在、第6版)の執筆に参加させていただいた記憶、九州大学に非常勤においでいただき院生たちを指導していただいた記憶、司法制度改革に関する雑誌『カウサ』の編集等をご一緒させていただいた記憶、東京での会議の後京都に向かう新幹線の車中でワインを飲みながら語り合った記憶、そのほか様々なかたちで研究論文などの執筆の機会を与えていただき私の「知の地平」を開いていただいたこと、そして、佐藤さんの後塵を拝するかたちで私の郷里に近い同志社大学で教え研究する機会を与えていただいたことなど、私は、佐藤さんには言葉に尽くすことができないほどの、学恩を超えた恩義を感じていました。
それゆえ、日本倒産法学の第一線で活躍され、佐藤さんとも共同研究をされていた中西正さん(同志社大学教授)と共に、『倒産と人と社会』を上梓することができ、今は安堵の心持でいっぱいです。おそらく、類書には例を見ない水平的な執筆陣の構成になっているのではと思います。収録された諸論文は、桃李成蹊のごとき、佐藤さんに向かう多様な道の集まりなのです。読者の皆様には、その道を辿り、倒産法学や民事訴訟法学の起伏のある現代の風景を堪能していただければと願います。
一般に記念論文集には付きものかもしれませんが、「献辞」という上下関係を彷彿とさせるような言葉は用いませんでした。それは、佐藤さんにお決めいただきました本書のタイトルにもそぐわず、また佐藤さんも望まれないのではないかと、私が勝手に忖度し、本書のはじめに「お祝いと感謝の言葉」と題する文章を書かせていただきました。下記に転載いたしますが、その後、佐藤さんからいただいた「〔回想録〕破産法学に出会って — 定年退職に際し思うこと」中央ロー・ジャーナル22巻4号83頁(2026年)も併せてお読みいただければ幸甚です。
同志社大学法学部・教授 川嶋四郎
お祝いと感謝の言葉
本書は、佐藤鉄男先生の古稀を心からお祝いする研究者仲間や教え子たちが深い感謝の念を込めて寄稿した諸論文からなる。
佐藤さんは、民事手続法の領域において、本書名が示すように倒産法の領域を中心に民事訴訟法のほか多様な分野で夥しい数の顕著な業績をあげてこられた。ご本人は、必ずしもメジャーな論題ではないものを論じてきたと言われたこともあるが、神は細部に宿るごとく、いずれも制度や手続の真髄につながる重要な指摘を含む論攷であった。人が気づきにくい論題に正義の本質を見抜く慧眼の士とも言える。佐藤さんは、彼の新堂幸司先生の愛弟子であり学界でも学会でもメインストリームを歩まれてきた、と私は思っていた。しかし、良心的で温かみのある謙虚な佐藤さんは、自らは主流に身を置くことなくニッチ狙いで自分の存在意義を探ってきた、と(失礼ながら)やや韜晦的に述懐されているが、そこにこそ「佐藤倒産法学」・「佐藤民事手続法学」のエートスを看取することができる。ただ、このような基本スタンスこそ、主流に惑溺している限り見えない世界を認識しつつ周縁化された人々に寄り添う研究を可能としたのであろう。ビクトル・ユーゴーの言葉、「……およそ自ら自己のうちに、労働の埃のごとき聖き貧しさを多少有せずして、人はいかにして日夜絶えずあらゆる憂悶や不運や困窮に接することができるであろうか。炉のほとりにいて暖かくないという者を、想像し得らるるであろうか。絶えず竈で働いている労働者で、髪の毛を焦がさず、爪を黒くせず、一滴の汗をも知らず、顔に一粒の灰をも受けない者を、想像できるであろうか。……」(豊島与志雄訳『レ・ミゼラブル』における牧師・司教についての一節より)が、それを担保する。
佐藤さんの問題関心は、法の坩堝あるいは法律学の総合芸術とさえ言われる倒産法の研究が示すように、決して蛸壺的な専門領域にとどまらない。博士論文を含み公刊された『取締役倒産責任論』(信山社、1991年刊)等から始まるように、専門領域横断的な研究業績の多さに、その知見の広さを垣間見ることができる。法比較の対象国の多彩さも特長的である。諸論文の論旨は明快であり、流れる水のように知の世界を潤してくれる。文章には時にユーモアとペーソスも感じられる。(鉄男という名の)「金を失う男が破産法をやっている」と、ご自身から諧謔を聴いたこともあった。ただその思いあるいは言説はそれとしても、底辺に向かう志を内に秘めた温かな人柄の滲み出る珠玉の論文を陸続と公刊されてきた源泉のようにも思われる。
佐藤さんは、教育者としても一人ひとりの学生と真摯に向き合い、多くの学生から慕われていたことを、その跡を承け同志社大学で教え始めて知ることができた。この祝賀記念論文集の編纂に際しても、いの一番に手伝いを申し出、かつ原稿をお寄せくださったのは佐藤さんのお弟子さんであった。本書が、何らの忖度も見返りも権力作用もなく、あたかも神や仏の見えざる手によって導かれるように、佐藤さんを慕い尊敬し集まった研究者の作品によって形成されたのも、佐藤さんの人柄や人格のなせる業であろう。法律実務の最前線でご活躍の弁護士の先生方をはじめ、教育研究そして学内外の業務に多忙を極め学術世界の第一線で活躍されている多くの先生方から、時宜にかなった珠玉の論考を頂戴できたことには、安堵とともに万感の思いが込み上げてくる。
なお、佐藤さんが、このような研究・教育面だけではなく、学内外の諸活動にも積極的に貢献されてきたことは、特筆されるべきであろう。それは、大学人としてのあるべき姿と考えられるからである。
本書が形を成すまでには長い時間を要した。早々にご寄稿いただいた方々には多大なご迷惑もおかけした。編者の力不足であり、心からお詫び申し上げたい。また、編集過程では、橋本誠志さん(徳島文理大学)と池田愛さん(関西大学)にも大変お世話になった。さらに、本書の出版に際して、『テキストブック現代司法』(日本評論社。2015年に第6版を刊行)等でも大変お世話になった岡博之さん、そして室橋真利子さんには、格別のご厚配を賜ることができた。お二人なくして、本書の誕生はなかったと思う。心から感謝を申し上げたい。
佐藤さん、奥様、そしてご家族の皆様のご健勝とご多幸を祈念しつつ、本書を捧げたい。
2026年(令和8年)3月吉日
編者・執筆者を代表して 川嶋 四郎
目次
お祝いと感謝の言葉…………………………………………川嶋 四郎
第1編 倒産法・執行法編
ポスト・コロナの事業再生
――我が国における中小企業の事業再生の新潮流………中西 正
特定調停の過去、現在、未来……………………………浅野 雄太
自己破産申立てにおける申立代理人と破産管財人
――それぞれの役割と協働・連携の観点を中心に…野村 剛司
倒産手続法の基礎理論と倒産債権者の手続権
――債権者委員会・債権者集会の権限を中心に……水元 宏典
養育費請求権者の同時破産廃止後の権利行使…………高田 賢治
破産手続による集団的消費者被害救済の可能性
――消費者法と倒産法の交錯…………………………杉本 和士
AI社会の倒産と破産管財人の責任
――データ汚染への対応への影響を中心に…………橋本 誠志
破産手続の開始に伴う債務者の権利剥奪と固有権の限界
――フランス法におけるdessaisissementからの示唆…張 子弦
破産免責許可決定を受けた債務者の相続人の法的地位…池田 愛
民事再生手続における担保権消滅許可制度と
事業の継続に欠くことのできない財産…………………北島 典子
自然災害と倒産手続
――平成28年熊本地震、令和2年7月豪雨の経験をもとに…榎 崇文
イギリスにおける事業再生手続の変革に見る
担い手論の行方…………………………………………上江洲 純子
欧州における倒産と知的財産権ライセンスに関する新潮流
…………………………………………………………阿部 信一郎
差押禁止債権の範囲の変更
――債権者の権利実現の要請と債務者保護の要請の調整…吉垣 実
第2編 民事訴訟法編
当然の訴訟行為について
――実体法と訴訟法の調整問題としての素描………上田 竹志
重複訴訟禁止と口頭弁論の分離・併合…………………園田 賢治
財産管理人の任意的訴訟担当………………………………堀野 出
適格消費者団体の差止請求権行使の実態………………町村 泰貴
民事訴訟法3条の9の方法論的考察
――手続裁量規律の研究の一環として………………酒井 博行
動物問題に対する民事訴訟法的解決
――動物虐待防止の観点からの一考察………………牧野 高志
「司法アクセス論」に関する一警鐘
――「私人による法の実現」の限界についての覚書…川嶋 四郎
佐藤鉄男先生 略歴・主要業績
執筆者紹介
書誌情報
- 『倒産と人と社会』
- 編:川嶋四郎・中西正
- 定価:税込 11,000円(本体価格 10,000円)
- 発刊年月:2026.06
- ISBN:978-4-535-52900-7
- 判型:A5判
- ページ数:436ページ
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