(第4回)出会いを通して再発見した判決の意義(木下智史)

私の心に残る裁判例| 2019.01.07
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

猿払事件第一審判決

国家公務員法110条1項19号(102条1項、人事院規則14-7)が憲法21条、31条に違反するとした事例―いわゆる猿払事件第一審判決

(旭川地方裁判所1968(昭和43)年3月25日判決)

【判例時報514号20頁掲載】

法科大学院で教えるようになって良かったことの一つは、尊敬できる実務家の方々と知り合いになれたことである。それは単に人間関係の広がりにとどまらない。実務家の方々との交流が判決の理解をずっと深いものにしてくれることがある。

猿払事件第一審判決は、国家公務員法102条1項による公務員の「政治的行為」禁止について、適用違憲の判決を下した判決として、あまりにも有名である。しかし、私にとって、この判決は、同時代的なものではない。必要に応じて判決を参照してはいたものの、その理解は表面的なものにとどまっていた。

猿払事件第一審判決に関わる第一の出会いは、堀越事件弁護団との関わりであった。立命館大学大久保史郎教授の呼びかけで、堀越事件の弁護団に多くの憲法研究者が協力することになり、私も意見書執筆の一端を担った。猿払事件との違いを強調するという訴訟戦略のもと、猿払事件の諸判決を読み込んだ。

猿払事件第一審判決に関わる第二の出会いは、石井一正元札幌高裁長官と法科大学院発足時の同僚としてご一緒したことである。石井先生は、旭川地裁時代に時國康夫裁判長の陪席として猿払事件第一審判決に関わられた。石井先生は、事実認定の分野で大きな足跡を残された極めて著名な刑事裁判官であるが、そのお人柄はたいへん温厚快活で、同僚としてもたいへん尊敬できる方であった。石井先生は、猿払事件について多くを語られなかったが、石井先生との出会いを通じて同判決は紙の上だけのものではなくなった。

猿払事件第一審判決に関わる第三の出会いは、遠藤比呂通さんを法科大学院の非常勤講師としてお呼びし、その授業に参加させていただいたことである。遠藤さんは、東北大学を辞された後、大阪・西成で法律事務所を営んでおられ、「公法実務演習」という科目の担当をお願いした。遠藤さんの授業は、歌あり踊りあり(?)の楽しい授業でありながら、その実践的な憲法訴訟論は、たいへん刺激的なものであった。遠藤さんの分析を通じて、猿払事件第一審判決が時國判事の憲法訴訟に対する問題意識が結晶化したものであることを再認識した。

そして、私の出会いは、時國判事にたどり着くこととなった。折から法律時報で「憲法学からみた最高裁判所裁判官」の連載がはじまり、私は迷わず時國判事と香城敏麿判事を担当させていただくことにした。時國判事の著作を読み、改めて猿払事件第一審判決を読み直してみて、時國判事の立法事実論との関係やアメリカのハッチ法への言及の意味など、それまで見落としていた多くの点に改めて気づかされることになった(本連載は『憲法学からみた最高裁判所裁判官』としてまとめられた)。

法科大学院が発足して14年以上が経った。あいかわらず授業の準備に追われる毎日だが、少なくとも猿払事件に関してだけは、昔より深い分析を伝えることができるようになったように思う。

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木下智史(きのした・さとし 関西大学大学院法務研究科教授)
1957年生まれ。神戸学院大学法学部専任講師・助教授・教授を経て現職。
著書に、『基本憲法Ⅰ 基本的人権』(共著、日本評論社、2017年)、『新・どうなっている!?日本国憲法〔第3版〕』(共著、法律文化社、2016年)、『事例研究 憲法〔第2版〕』(共著、日本評論社、2013年)『人権総論の再検討:私人間における人権保障と裁判所』(日本評論社、2007年)など。