[鼎談]AI は仕事を奪う脅威か、働き方を変える原動力か(経済セミナー2026年8+9月号)

進む高齢化と人口減少、働く人の多様化、そしてAIの急速な進歩と普及……。日本の労働市場は、大きな社会の構造変化と時代のうねりにどう向き合っていくべきだろうか?AIは仕事を奪うのか?
それとも深刻化する人手不足を補う力になるのか?
重要なのは、技術そのものではなく、それをどう活かし、誰もが働き方やキャリアを選び直せる環境をどう整えるかだ。日本的雇用慣行の機能不全、マネジメントの変化、依然として大きいジェンダー格差に着目しつつ、AI時代に求められる「柔軟な」労働市場の実現に向けた道筋を探る。
進む高齢化と人口減少、働く人の多様化、そしてAIの急速な進歩と普及……。日本の労働市場は、大きな社会の構造変化と時代のうねりにどう向き合っていくべきだろうか?AIは仕事を奪うのか?
それとも深刻化する人手不足を補う力になるのか?
重要なのは、技術そのものではなく、それをどう活かし、誰もが働き方やキャリアを選び直せる環境をどう整えるかだ。日本的雇用慣行の機能不全、マネジメントの変化、依然として大きいジェンダー格差に着目しつつ、AI時代に求められる「柔軟な」労働市場の実現に向けた道筋を探る。
1 はじめに
—本日は、大変革期を迎える日本の労働市場のゆくえをテーマにディスカッションします。人口減少、働き手の多様化などにより、従来の日本が前提としてきた男性正社員を中心とした雇用のあり方が、機能不全を起こしています。AI の急速な進歩と普及も、私たちの働き方を変えていくかもしれません。こうした大きな変化に直面する私たちは今後どう学び、働いていくべきか、皆さまと掘り下げていきたいと思います。まずは自己紹介から、よろしくお願いします。
宮本 一橋大学の宮本です。専門はマクロ経済学、労働経済学、日本経済論です。これまで大学と国際機関や行政といった政策現場を行き来するキャリアを歩みつつ、常に日本の労働市場のあり方について考えてきました。2017 年から 3 年間は国際通貨基金 (IMF) でエコノミストとして勤務し、2024 年 4 月から 2026 年 3 月末までの 2 年間は財務省のシンクタンクである財務省財務総合政策研究所 (財務総研) で総括主任研究官 (チーフエコノミスト) として勤務しました。財務総研では、本日ご一緒する櫻井さんや坂本さんたちにもご参加いただき、昨年秋に開催した「人材マネジメントと組織開発に関するワークショップ」で座長も務めました。
櫻井 櫻井彩乃です。一般社団法人 GENCOURAGE の代表理事を務めています。GENCOURAGE は、ジェンダー平等の実現に向けて、若者が学び、つながり、行動するための場をつくる団体です。これまで、日本のジェンダーギャップ解消と若者参画をテーマに、自治体や企業、教育機関の方々とともに活動してきました。こども家庭庁こども家庭審議会基本政策部会委員として、子ども・若者政策に関する議論に参加しているほか、政府税制調査会特別委員や財政制度等審議会分科会臨時委員などを務めています。
また近年、多くの地方自治体では、女性や若者の東京圏など大都市への転出が課題となっています。そこで、若い世代の声を聞き、企業や自治体とともに地域のあり方や働き方を考える取り組みを進めています。自治体でライフデザインに関するセミナーを行う中で、中高生や大学生から AI によって「今ある仕事が将来なくなるのではないか?」「その中で自分の働き方や就きたい仕事をどう考えればよいのか?」といった声を、聞く機会が増えています。AI が働き方にどのような影響を与えるのかは、非常に重要な課題だと感じています。
坂本 リクルートワークス研究所の坂本です。初職は厚生労働省で、社会保障関係の仕事に携わりました。その後は内閣府で、「経済財政白書」や「月例経済報告」などの執筆を担当しました。
官庁エコノミストとして勤務した後は民間シンクタンクでエコノミストとして働いており、現在はリクルートワークス研究所で勤務しています。人材関連ビジネスを行うリクルートの研究機関であるワークス研究所では、労働市場全体の分析、調査・研究に取り組んでいます。統計データの分析だけでなく、企業の現場へのヒアリングなどにも取り組んでおり、個々の労働者や経営者の考え方や行動を把握しようと努めています。また、リクルートが人材サービスを提供していることもあり、人材マッチングの実態についても知見があります。本日は、そうした現場の実態もふまえてお話ししたいと思います。
2 いま、日本の労働市場が直面する課題:人口減少、脱炭素、そして AI
—現在私たちが直面している変化とはどのようなもので、特に重要な課題とは何でしょうか。まずは宮本先生に、現状認識を共有いただきます。
宮本 経済学では、「雇用は生産の派生需要である」と考えます。労働への需要は、生産があってはじめて生まれるということです。こう言われると、「人が働くからこそ生産ができるのではないか?」と疑問に思われるかもしれません。しかし、経済学の世界では労働よりも先に生産があります。たとえば、景気が悪くなって生産量が落ち込めば、企業は残業時間を減らしたり、人員を減らしたりしようとします。逆に景気が良くなれば、残業時間を増やしたり、人を新たに雇ったりします。生産が変われば、雇用も変わらざるをえない。この考え方に基づけば、日本の社会・経済を取り巻く環境が変わるのであれば、生産のあり方が変わり、結果として雇用のあり方も変化することになります。
では、私たちの日本経済はどのような変化に直面しているのでしょうか。大きな変化は、次の 3 つです。1 つ目は、人口構造の変化です。少子化が進み、高齢者の割合が増え、人口が減少しています。2 つ目は、テクノロジーの進歩です。AI やロボットに代表される技術革新が急速に進んでいます。そして 3 つ目は、脱炭素化 (グリーン化) です。地球温暖化への対応として脱炭素が求められています。これも生産構造を大きく変える要因です。これらの「メガトレンド」と呼ばれる大きな変化が、日本の雇用に影響を与えるのです。人口構造の変化に関連する重要なキーワードとして、「長寿化」があります。厚生労働省の「簡易生命表」によれば、近年、日本で生まれた子どもで、90 歳まで生きる割合は女の子で 2 人に 1 人、男の子でも 4 人に 1 人に達しています。今後、90 歳まで生きるのは普通のことになっていくでしょう。もちろん、100 歳以上まで生きる人も増えていく。まさに「人生 100 年時代」です。
こうなると、人生設計やキャリアデザインも従来の想定から変化せざるをえません。かつての典型的な日本人の人生は、若い時期に教育を受け、その後就職し、1 つの企業、あるいは関連企業で勤め上げ、定年退職後に落ち着いた老後を送るというスタイルでした。しかしこれは、現在の長寿化社会を想定したものではありません。65 歳で定年退職して 95歳まで生きるとすると、老後に 30 年もの人生が待っています。生まれてから大学を現役で卒業するまでの 22 年間よりも長いわけです。
さらに、「健康な高齢化」も進んでいます。IMF の分析でも、2022 年時点の 70 歳の認知スコアは 2000 年時点の 50 代前半と同程度とされるなど、身体面でも改善が見られます。寿命が延び、健康に過ごせる期間が長くなれば、働く期間も延びます。定年が 65 歳から 70 歳、75 歳へと延びていき、「生涯現役」の人も増えていくかもしれません。当然、長く生き、長く働くほど、人口構造の変化、テクノロジーの進歩、脱炭素化といった大きな変化の影響を受ける期間も長くなります。そのため、変化に対応しつつ自分のキャリアは自分でつくっていく必要が出てきます。しかし日本の労働市場は、こうした変化に脆弱です。だからこそ、今まさに変革が必要な局面に来ているのです。
続きは『経済セミナー』(2026年8+9月号通巻751号)で御覧ください
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