SNS、みんなでやめれば怖くない?
Bursztyn, L., Handel, B., Jiménez-Durán, R. and Roth, C. (2025) “When Product Markets Become Collective Traps: The Case of Social Media,” American Economic Review, 115(12): 4105-4136.
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八下田聖峰
はじめに
ソーシャル・ネットワーキング・サービス (SNS) は現代社会に深く浸透している.世界で見ても,平均的なユーザは 1 日に約 2.5 時間を SNS に費やしており1),特に若者の間での利用率・利用時間は極めて高い.SNS の発展により,誰もが手軽に情報を発信・収集できるようになり,情報へのアクセスは劇的に容易になった.また,日本では 2013 年のネット選挙運動解禁から,SNS は政治にも利用されるようになった.2024 年の東京都知事選挙以降の SNS の影響拡大は記憶に新しい.一方で,SNS の利用は自尊心の低下や不安・抑うつなどの精神的健康の悪化,誹謗中傷を促すことが繰り返し指摘されている2).実際,オーストラリアでは 2025 年 12 月から 16 歳未満の子どもが Facebook や Instagram,TikTok などの SNS アカウントを持てないよう,プラットフォーム側に合理的な措置をとる義務が課された.SNS は,本当に私たちの生活をよりよいものにしてくれているのだろうか?
今回紹介する Bursztyn et al.(2025) は,この問いに正面から取り組んだ研究である.本論文が注目するのは,SNS を利用しない人々への「負の外部性」である.多くの人が SNS を使っている状況で自分だけが使わないと,「取り残される」という不安 (Fear of Missing Out: FOMO) を感じる.このような外部性が存在する場合,人々は「SNS はやめたいが,やめるのはもっと嫌なのでやめられない」という「製品市場の罠 (Product Market Trap)」と呼ばれる状況に陥ってしまう.ただ,従来の消費者余剰の測定方法では,このような外部性を考慮した真の厚生を捉えることができないため,社会厚生を過大評価してしまう可能性があった.本論文では, SNS 非利用者への負の外部性を取り入れたモデルを導入し,TikTok と Instagram について,1000 人以上の米国大学生を対象とした大規模なインセンティブ付き実験を実施することで, SNS の社会厚生を測る.
本論文のおもしろい点は,SNS が存在しない世界を実験デザインから無理やり作り出すことで,非利用者への外部性を直接測定していることである.この設定は,論文内でも言及されているが,「経済実験上の倫理的配慮」という点で議論の余地がある.本稿を読んでさらに関心を持たれた読者の方々は,ぜひ本論文を直接参照してみてほしい.また,SNS とは異なり社会的つながりを要さない地図アプリ (Google Maps や Apple Maps など) を対象とした対照実験を行うことで,SNS 特有の問題であることを示している点は秀逸である.
2 つの社会厚生指標と「製品市場の罠」
個人 $i$ の効用 $u_i(x_i,X)$ が,自身の消費 $x_i\in \{0,1)$ と他者の消費割合 $X$ に依存し,製品の価格 $p$ について準線形であると仮定する.本論文の核心は,他者の消費が非利用者の効用にも影響を与えることである.従来の研究では $u_i(0,X)=0$ とされることが多いが,本論文ではこの仮定を緩め,$u_i(0,X)\ne u_i(0,X’),\,X\ne X’$ を許容する.
ここで,以下 2 つの厚生指標を導入する.
個人消費者余剰 (Individual Consumer Surplus: ICS)
ICS とは典型的な厚生指標で,「自分だけが SNS をやめる」ために支払ってもよい (Willingness to Pay: WTP,支払意思額),あるいは受け取りたい額 (Willingness to Accept: WTA,受取意思額) に対応する.
\begin{align*}
\t{ICS}_i(p,X):=
\begin{cases}
u_i(1,X)-p-u_i(0,X),\quad \t{if $i$ consumes},\, u_i(1,X)-p\ge u_i(0,X)\\[5pt]
u_i(0,X)-u_i(0,X)=0,\quad \t{if $i$ does not consume},\, u_i(1,X)-p< u_i(0,X) \end{cases} \end{align*}
製品市場余剰 (Product Market Surplus: PMS)
PMS とは非利用者への負の外部性を取り入れた厚生指標であり,「全員が SNS をやめる」世界を実現するために支払ってもよい (WTP),あるいは受け取りたい額 (WTA) に対応する.
\begin{align*}
\t{PMS}_i(p,X):=
\begin{cases}
u_i(1,X)-p-u_i(0,0)=u_i(1,X)-p\quad \t{if $i$ consumes},\\[5pt]
u_i(0,X)-u_i(0,0)=u_i(0,X)\quad \t{if $i$ does not consume}
\end{cases}
\end{align*}
ICS と PMS の差は,アウトサイドオプションの差によるものであり,ICS は他者の消費割合 $X>0$ を変えないが,PMS は $X=0$ を想定する (つまり,全員が消費を止めることがアウトサイドオプションになる).ICS と PMS の間には常に以下の関係が成り立ち,$u_i(0,X)\ne 0$ の値に応じて,既存の厚生指標 ICS にはバイアスがかかる.
\begin{align*}
\t{ICS}_i(p,X)=\t{PMS}_i(p,X)-u_i(0,X)
\end{align*}もし,周囲の人々が SNS を使っている状況で自分だけが使わないと「取り残される」感覚があるのであれば,$u_i(0,X)<0$ となり,ICS は社会厚生を過大評価することになる. ここから「製品市場の罠」の概念が導かれる.$u_i(0,X)<0$ のとき,$\t{ICS}_i>0$ かつ $\t{PMS}_i<0$ という状況が生じうる.このケースはまさに,個人 $i$ が「自分だけがやめるくらいなら使い続けたい」と考えるが,「全員がやめるならお金を払ってでもやめたい」と考えることに一致する.これは囚人のジレンマと類似した状況であり,消費者は製品の利用を続けるが,実際にはその製品が存在しない世界を望んでいる状態である.
実験の流れ
本論文のサンプルは,「College Pulse」という大学生を対象としたオンライン実験を行う会社を通じて集めた,米国に存在する 365 もの 4 年制大学に属する大学生である.TikTok,Instagram,Maps (Google Maps や Apple Maps) の 3 つのスマートフォンアプリに関するオンライン実験を,それぞれ別のサンプルを対象に行っている.実験は,次の 4 つのステップで構成される.
ステップ 0 は練習であり,ステップ 1 以降の本実験の理解を深めるために,Uber アカウントの非アクティブ化に対する受入意思額 (WTA) を回答する.
ステップ 1 (Valuation Keeping Network) では,他者のアプリ消費を所与として,自分のアカウントを 4 週間非アクティブ化するための WTA を測定する.実験参加者は,各大学からランダムに 1 人だけが選ばれると伝えられているため,「自分だけが非アクティブ化し,他の学生は通常通りアプリを使い続ける」と認識する.
ステップ 2 (Valuation Removing Network) では,ステップ 1 と異なり,「自分と同じ大学の学生にも同じ質問がなされる」ということと,「過去の研究に基づいて約 $90\%$ の学生はアカウントの非アクティブ化に同意するだろう」ということが伝えられる.この条件下での個人の WTA を測定することで,ネットワークが縮小した状況での回答を捉える.
ステップ 3 (Product Market Valuation) では,ランダムに選ばれた 1 人が「同大学の全参加学生(自分を含む) のアカウント 4 週間非アクティブ化」か「現状維持」かを決定し,その選択に対する WTP または WTA を表明する.その際,他の参加学生には,ステップ 2 で測定した各自の WTA に基づいて補償金が支払われる.このステップでは,製品が存在しない世界との比較により,非ユーザへの外部性を含む真の厚生を測定できる.
ただし,実験参加者は大学の 3 分の 2 以上の学生を募集できた場合に限り,「ステップ 2 またはステップ 3 のどちらかがランダムに実施される」と伝えられているが,実際にはどの大学でも 3 分の 2 以上の学生を募集していなかったため,大規模非アクティブ化は実施されなかった.本論文の著者たちは,参加者に嘘はついていないものの「欺瞞の境界に近い (close to the boundary of deception)」可能性を論文内で認めている.ただし,事前登録と倫理審査委員会の承認を得ており,インセンティブ両立性を維持しながら測定する唯一の実行可能な方法であったとしている.この点について興味のある方は,北村 (2023) や花木・三谷・依田 (2023) を参照してほしい.
WTA,WTP の測定には Becker-DeGroot-Marschak (BDM) メカニズムと反復的 Multiple Price List (MPL) を組み合わせたものが用いられており,参加者は連続する 2 択問題に答えていくことで,評価額が 20 ドル刻みの範囲に絞り込まれる.ステップ 1 と 2 では $0\sim 200$ ドルの範囲で WTA のみを測定するが,ステップ 3 では $-200\sim 200$ ドルの範囲で WTP と WTA の両方を測定する.これは,個人で無料で非アクティブ化できるのに非アクティブ化にお金を払うことは非合理的だが,全員を非アクティブ化させるには他者の補償金が必要なため,WTP を持つことが合理的だからである.この実験デザインにより,個人消費者余剰 (ICS),製品市場余剰 (PMS),ネットワーク効果を分離して測定し,非ユーザへの外部性の大きさを定量化することが可能となる.
従来の厚生指標:SNS の社会厚生は正
ステップ 1 で測った従来の個人消費者余剰の結果は図 1 の最も左の黒の棒グラフで表されている.TikTok ユーザの $92\%$,Instagram ユーザの $86\%$ が,アカウント非アクティブ化に対して正の支払いを要求しており (つまり前者の $8\%$,後者の $14\%$ の厚生が負になっており),それぞれ平均 55 ドル,47 ドルの支払い (負の WTA) を要求している.これらの値は,Facebook に関する既存研究 (Allcott et al. 2020 など) と同程度であり,SNS が利用者に大きな価値を提供しているという従来の見方を支持するものである.また,図 1 の左から 2 番目の濃いグレーの棒グラフで表されるステップ 2 との比較から,ネットワーク効果の大きさを推定できる.「他の参加者も停止を依頼される」という条件下では,正の支払いを要求する人の割合は,それぞれ約 $90\%$ から約 $70\%$ に減少し,平均 WTA は TikTok で 39 ドル ($-29\%$),Instagram で 37 ドル ($-21\%$) と,統計的に有意に低下した ($p<0.01$).これらの結果は,ネットワーク効果が正であることを示している.
しかし,この厚生指標には「他の人が SNS を使い続ける」という状況を前提としている点で問題がある.もし誰も SNS を使っていなければ,利用者はどう感じるだろうか? 次節では,この問いに答えるための新しい厚生指標を用いた測定結果を見ていく.
新しい厚生指標:SNS の社会厚生は負
ステップ 3 で測った製品市場余剰では,驚くべき結果が得られた.図 1 の右から 2 番目のグレーの棒グラフが表すように,TikTok ユーザの $60\%$,Instagram ユーザの $46\%$ が,「全員が SNS を停止する」ことに対して正の支払意思額 (WTP) を提示した.つまり,これらのユーザは,「全員で SNS をやめるためなら自分がお金を支払ってもよい」と考えているのである.また,平均的な製品市場余剰 (WTA) は TikTok で $-24$ ドル,Instagram で $-6$ ドルである.これらの値は,個人消費者余剰と統計的に有意に異なっており (いずれも $p<0.01$),従来の厚生指標が真の厚生を大きく過大評価していることを示している. さらに驚くべきことに,SNS を使っていない人々の製品市場余剰はさらに大きく負である.図 1 の一番右の最も薄いグレーの棒グラフの通り,TikTok 非利用者の $71\%$,Instagram 非利用者の $47\%$ が,「他者が SNS を停止する」ために正の WTP を提示しており,平均的な製品市場余剰 (WTA) はそれぞれ $-43$ ドル,$-9$ ドルであった.この結果は,まさに「製品市場の罠」の存在を示している.多くのユーザは,「自分だけがやめるくらいなら使い続けたい」(正の個人消費者余剰) と考える一方で,「全員でやめられるならお金を払ってでもやめたい」(負の製品市場余剰) と考えているのである.これは,SNS を使い続けることが個人の合理的選択の結果であるにもかかわらず,社会全体としては誰もが望まない状態に陥っていることを意味する.
なぜ人々は SNS を使い続けるのか?
製品市場余剰が負であるにもかかわらず,なぜ人々は SNS を使い続けるのだろうか? この問いに答えるために,著者らは仮想的な質問を実施している.「アプリが存在しない世界」と「アプリが存在する世界」のどちらを好むかを尋ねたところ,図 2 にある通り, TikTok ユーザの $33\%$,Instagram ユーザの $57\%$ が「存在しない世界」を選択した.さらに,「アプリが存在しない世界を好む」と答えたユーザに対し,「それでもなぜアプリを使い続けるのか?」という自由記述回答形式の質問を行った.回答を分類した結果,図 3 にある通り,SNS アプリについて最も多かった理由は冒頭で述べた「FOMO (取り残されるという不安)」であった.TikTok ユーザの $40\%$,Instagram ユーザの $76\%$ がこの理由を挙げている.「みんなが使っているから,使わないと完全に蚊帳の外になってしまう」といった回答が典型的である.次に多かったのは「娯楽」(TikTok $31\%$, Instagram $21\%$),「中毒性」(TikTok $33\%$, Instagram $11\%$) である.興味深いことに,「生産性・利便性」を理由に挙げたのはわずか $6\sim 8\%$ にすぎない.
これらの結果が SNS 特有のものであることを確認するため,著者らは対照実験として,SNS に比べて非利用者への外部性が小さいと考えられる地図アプリについても同様の実験を行った.結果は SNS とは対照的であった.地図アプリユーザのわずか $5\%$ のみが「アプリが存在しない世界」を選択し,自由回答では,SNS アプリで最も割合の少なかった「生産性・利便性」がアプリを使い続ける最大の理由として挙げられている.この対比は,SNS における負の製品市場余剰が,デジタル製品全般への嫌悪や実験デザインの機械的な要因によるものではなく,SNS 特有の社会的外部性に起因することを示唆している.
おわりに
本論文は,従来の消費者余剰の概念が,SNS 利用者が非利用者に及ぼす外部性を無視して測定することで,真の社会厚生を大きく見誤ってしまう可能性があることを明らかにした.TikTok と Instagram を対象とした大規模実験の結果,従来の指標では正の厚生が示されるが,非利用者への外部性を考慮すると,多くのユーザが負の厚生を経験していることが明らかになった.これは「製品市場の罠」の存在を示すものであり,消費者は製品を使い続けながらも,実はその製品が存在しない世界を望んでいる.
ただし,本論文にはいくつかの限界もある.第 1 に,サンプルは自己選択的であり, TikTok ユーザの $57\%$,Instagram ユーザの $46\%$ のみが実験への参加に同意しているが,残りの参加拒否者がどのような厚生を経験しているかは不明である.しかし,参加を拒否した人々の多くは,プライバシーへの懸念や FOMO を理由として挙げており,単に「SNS をやめたくない」からではない.実際,参加拒否者の間でも,仮想的な質問では $39\%$ (Instagram) が「SNS が存在しない世界」を好むと回答しており,負の厚生を経験している人が相当数存在することが示唆される.第 2 に,本論文の結果は「4 週間」という一時的な非アクティブ化に基づいているが,永続的な利用停止に対する選好は異なる可能性がある.
これらの限界はあるものの,本論文の発見は重要な政策的含意を持っている.第 1 に,「製品が市場に存在し,消費者が利用する $=$ 消費者に便益がある」という標準的な顕示選好の議論が,常に成り立つわけではないことを示している.非利用者への負の外部性が存在する場合,消費者が完全に合理的な期待を持ち,いかなる行動経済学的なバイアスがなくても,製品市場の罠に陥りうる.第 2 に,実験結果はユーザのネットワークが大きいほど非利用者の効用が低下することを示しており,最適な独占禁止政策はネットワークの規模を制限することを含む可能性がある.この観点から,オーストラリアが 2025 年 12 月から導入した,16 歳未満の子どもの SNS 利用を制限する規制は,理にかなった政策介入と言えるだろう.そして第 3 に,本論文の結果は SNS という個別のケースを超えて,より広い含意を持つ.著者らは,高級品 (Luxury Goods) や製品の世代交代 (Product Vintages) についても予備的な調査を行い,同様のパターンを発見している.高級ブランドを所有する人の $44\%$ が「それらが存在しない世界」を好み,iPhone ユーザの $91\%$ が「毎年ではなく隔年で iPhone を発売してほしい」と答えている.
本論文は,消費者厚生の測定という経済学の根本的な問題に,新しい視点と測定手法を提供している.非利用者への外部性を考慮することの重要性は,SNS に限らず,多くの製品市場に当てはまる可能性がある.今後の研究では,どのような製品特性や市場構造が製品市場の罠を生み出しやすいのか,そして罠からの脱出を可能にする政策や制度はどのようなものかを明らかにすることが期待される.
参考文献
- 北村周平 (2023)「経済学における実験・調査のベストプラクティス」『経済セミナー』2023 年 12 月・ 24 年 1月号:43-49.
- 花木伸行・三谷羊平・依田高典 (2023) 「経済学における『実験』の可能性」『経済セミナー』2023 年 12 月・ 24 年 1 月号:6-24.
- Allcott, H., Braghieri, L., Eichmeyer, S. and Gentzkow, M. (2020) “The Welfare Effects of Social Media,” American Economic Review, 110 (3): 629-676.
- Bursztyn, L., Handel, B., Jiménez-Durán, R. and Roth, C. (2025) “When Product Markets Become Collective Traps: The Case of Social Media,” American Economic Review, 115 (12): 4105-4136.
続きは『経済セミナー』(2026年4+5月号通巻749号)で御覧ください
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脚注
| 1. | ↑ | (1) “Digital 2024: Global Overview Report,” DATAREPORTAL, 31 January 2024 (https://datareportal.com/reports/digital-2024-global-overview-report). |
| 2. | ↑ | “Health Advisory on Social MediaUse in Adolescence,” American Psychological Association, MAY 2023 (https://www.apa.org/topics/social-media-internet/health-advisory-adolescent-social-media-use). |

















