(第88回)支配概念の理論とデジタル資産立法の促進への期待(有吉尚哉)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2026.03.05
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

田髙寛貴「支配(コントロール)概念と占有との関係」

法律時報98巻2号(2026年2月号)38頁

定価:税込 2,090円(本体価格 1,900円)

第81回の記事でも言及したが、近年、暗号資産、ステーブルコイン、セキュリティ・トークン、NFT(Non-Fungible Token)など、電子的なトークンに権利・財産・経済的な価値を表象したデジタル資産が、取引の対象となる場面が拡大している。そのようなデジタル資産の更なる利活用のためには、デジタル資産の私法関係についての法整備が期待される。この点、まだ国会での立法手続は始まっていないものの、2024年9月9日に法制審議会で「商法(船荷証券等関係)等の改正に関する要綱」が採択され、船荷証券と倉荷証券の電子化立法の取組みが進められていることは、我が国でのデジタル資産立法の嚆矢となる可能性があり、その意味でも早急な立法が望まれる。

デジタル資産に関する海外の立法例では control の概念がキーとなる概念として用いられている。前述の要綱による船荷証券の電子化においても「電子船荷証券記録の支配」といった概念を設けることが提案されている。電子的記録に対する「支配(control)」は、物に対する「占有」に対応する概念と位置付けられるが、完全に一致するものではない。デジタル資産の立法や立法後の法令の解釈においては、「(電子的記録の)支配」と「占有」の異同を理解した上で、「占有」に関する考え方がどこまで「支配」にも妥当するか、検討することが必要となろう。

本稿は、慶應義塾大学の田髙寛貴教授が、有価証券のペーパーレス化の文脈における「支配」概念と占有の関係について論じるものである。具体的には、占有が権利変動の局面で担っている「権利確保」、「権利取得」、「占有担保成立」という3つの機能を整理し、それぞれの機能について有価証券のペーパーレス化として既に立法がなされている社債、株式等の振替に関する法律(以下「振替法」)や電子記録債権法の規律との関係を考察し、ペーパーレス化の文脈における記録による支配と占有の差異を分析している。そのような差異の一例として、占有が持つ権利取得機能は、善意取得の規律により権利の外観を信じて取引をした者が権利を取得できるというものであるのに対して、振替法や電子記録債権法にも善意取得制度が設けられているものの、権利を譲り受けようとする者が記録を見ることができるわけではなく、理論的根拠を権利の外観を信頼した者の保護に求めることが困難であることを取り上げている。そして、記録を得た者に「事実上の支配権限」が認められることを基礎として、「譲渡人の「支配権限」と、善意無重過失の譲受人による「支配権限」の取得として捉える見解」が有力であることを紹介している。また、「占有担保成立」機能との関係では、電子記録債権に対する商事留置権の成否について、近時の裁判例(大分地判令和6年10月25日、判タ1533号163頁)を参照しつつ、立法論を含めた検討が行われている。

その上で、本稿のまとめとして田髙教授は「民法における占有の本質は、権利帰属主体による排他的支配にあると解される」としつつ、「排他的支配が実現されていさえすれば、つねに占有と評価されるわけではな」く「占有を認めるためには、物の事実上の支配だけでなく」占有意思が必要であり、「これは客観的に判断して占有の保護を与えるのに適当な事由と解すべき、との指摘はかねてより存在していた」と述べる。そして、「占有の概念は、無体的な権利の場合をも包摂した排他的支配の当否を判断する枠組みとして、今後も有用性を保ち続けるものと考える」と結んでいる。

デジタル資産には分散型台帳技術により記録機関が存在しないトークンが用いられる場合も想定され、一定の資格(しかも高度な水準の要件が求められる資格)を取得した記録機関を前提とする振替法や電子記録債権法に関する議論が常に当てはまるとは限らない。前述の船荷証券の電子化の立法の議論も、記録機関が存在しない場合も想定する内容で進められている。もっとも、権利者が電子的な記録を通じて排他的な「支配」を取得するという建付けは記録機関が存在しないデジタル資産においても共通するものであり、そのようなデジタル資産にも田髙教授の指摘する占有概念の有用性は当てはまるものと考えられる。デジタル資産の領域は、テクノロジーが先行し、私法制度の整備が追いついていない状況にあり、本稿や本稿を受けた理論的な研究の進展が、立法を促すことを強く期待したい。

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有吉尚哉(ありよし・なおや)
2001年東京大学法学部卒業。2002年西村総合法律事務所入所。2010年~11年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士。金融審議会専門委員、財政制度等審議会臨時委員、金融法学会理事、金融法委員会委員、日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員、東京大学公共政策大学院客員教授、武蔵野大学大学院法学研究科特任教授、一般社団法人流動化・証券化協議会理事。主な業務分野は、金融取引、信託取引、金融関連規制等。主な著書として、『ファイナンス法大全(上)(下)〔全訂第2版〕』(商事法務、2025年、共著)、『成長資金供給とイノベーションの政策学』(中央経済社、2025年、共編著)、『サステナビリティ大全』(商事法務、2025年、共著)、『フィデューシャリー法大全』(弘文堂、2024年、共訳)、『動き出す「貯蓄から投資へ」―資産運用立国への課題と挑戦』(金融財政事情研究会、2024年、共著)、「日本法の下でのESG/SDGsを考慮した投資と法的責任」『フィデューシャリー・デューティーの最前線』(有斐閣、2023年)等。論稿多数。

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