コーポレート・ガバナンス改革 — われわれは、どこへ誘(いざな)われるのか(前編)(仮屋広郷)

2026.05.19

Ⅰ はじめに

本稿では、コーポレート・ガバナンス改革の経緯を簡単に振り返ってわれわれの今を確認し、「ガバナンスの実質化」という標語のもとに推し進められている現在の改革1)は、われわれをどのような世界へ誘うのか、それを論じてみたいと思う。

Ⅱ 過去と現在★―これまでの経緯と今

★Ⅱの表題は、トマス・カーライル(Thomas Carlyle:イギリスの思想家にして歴史家)が1843年に著した『Past and Present』(邦題『過去と現在』)の言葉を借用した。

この10年で、コーポレート・ガバナンスの実務に多大な影響をもたらしたのは、2014年のスチュワードシップ・コード(以下、SSコード)の策定と、2015年のコーポレートガバナンス・コード(以下、CGコード)の策定であるといわれている2)。このように言われるのは、第二次安倍晋三政権が始動したコーポレート・ガバナンス改革3)(2013年の「日本再興戦略」に始まる4))によって、株主アクティビズムが成果を上げられない国といわれていた日本において、ダブル・コード(SSコードとCGコード)を車の両輪とする改革が進められた結果、機関投資家による株主アクティビズムの影響が顕著に見られるようになってきたからであろう5)

「日本再興戦略」が走り出した頃、名古屋経済大学名誉教授の坂本雅子は、次のように評していた。

「日本再興戦略」は、バラバラな施策の羅列に見えながらも、すべてが日本資本主義の構造そのものを転換させるための政策となっている。その目指す構造転換の一つは、日本の資本主義を、「ものづくり」に基礎を置く資本主義から決定的に決別させ、米国型の「機関投資家資本主義」とか「ファンド資本主義」あるいは「新しい金融化」などと呼ばれる構造へと転換させることである。それは機関投資家、すなわち大株主にのみ顔を向けた経営を企業に強いる体制であり、大多数の日本企業に長期的成長への途を閉ざし、外資の蚕食・跳梁にまかせる転換を強いる政策である6)

その後、2021年には、会社法研究者の上村達男(早稲田大学名誉教授)が、フランスにおいては、日本がアクティビストの遊び場になっていることから、その二の舞にならないよう検討が行われていることを指摘し、警鐘を鳴らしていた7)

そして、2025年の時点では、株式会社ボードアドバイザーズのシニアプリンシパルを務めるセブラニ・クレビス(Klevis Sevrani)の言葉が示すとおり、コーポレート・ガバナンス産業8)の一翼を担う人々は、「日本では、2014年の『日本再興戦略』改訂に始まるコーポレートガバナンス改革により、企業統治と経営のあり方について、株主第一主義の観点から修正が行われている」9)と認識しているようである。

2014年の日本再興戦略において重要視されていたことは、日本企業の「稼ぐ力(収益力)」(=中長期的な収益性・生産性)を高めるために、コーポレート・ガバナンスを強化し、経営者のマインドの変革・グローバル水準のROE達成等を視野に入れて、グローバル競争に打ち勝つ攻めの経営判断を後押しする仕組みを強化していくことであった10)。つまり、収益力や資本効率の改善に資するような「攻めのガバナンス」の実現に取り組むことが重要とされていたのである11)

弁護士の武井一浩は、ダブル・コードを含むコーポレート・ガバナンス改革の目的は、あくまで上場会社の中長期的な企業価値向上及び持続的成長にあることを強調している。そして、日本再興戦略で述べられた経済成長戦略の必要性・重要性は、現時点の経済環境に照らしてもまったく変わらないどころか、その重要性はむしろ高まっており、2025年6月13日に公表された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2025年改訂版」のもとで引き続き推し進められるコーポレート・ガバナンス改革が目指すところは、これまでと変わらないことを述べている12)

武井は、2024年9月に経済産業省が立ち上げた「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」(座長:神田秀樹・東京大学名誉教授)のメンバーであるが13)、この研究会がコーポレート・ガバナンスの取組の進め方について行った検討を踏まえて策定され、2025年4月30日に公表されたのが、「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」・「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンスガイダンス」である14)。これについて、中西友昭(前経済産業省経済産業政策局産業組織課長)は、「中長期の成長戦略、価値創造ストーリーをどのように作っていくのか、そしてそれをどのように資本市場に説明していくかが問われています。このことが〔コーポレート・ガバナンスの〕実質化・深化で問われている課題であり、今回はそういったことに取り組む企業のサポートのために、コーポレートガバナンスのあり方、考え方から整理して、最終的には成長戦略の目線から考えたときの体制・仕組みの各論まで一気通貫で議論できるものとして5原則とガイダンスを策定した」15)と述べている。

「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」において、取締役が踏まえて行動すべき原則1として示されているのが、「自社の競争優位性を伴った価値創造ストーリーを構築すること」であり、これが全ての出発点と位置づけられている16)。価値創造ストーリーは「長期的に目指す姿の実現に向けて、どのようなビジネスモデルを通じて、どのような社会課題を解決し、どのように長期的な企業価値向上に結びつけていくかについての一連のストーリー」と定義され、端的には、「中長期的な成長戦略」、より具体的には、「価値観や長期の経営環境分析から始まり、そして長期戦略、長期ビジョンがあり、稼ぐかたちを示したビジネスモデル、その実行戦略、KPI管理をしていくという一連の営みが価値創造ストーリー」であるとされている17)

また、原則3は、「取締役会自体が短期志向に陥らないよう留意しつつ、経営陣が、中長期目線で、成長志向の経営を行うよう、後押しすること」であるが、「こうした中長期目線の礎となるのが原則1の競争優位性を伴った価値創造ストーリーである」とされている18)

こうしたことを踏まえて、武井はこう述べている。「2025年に入っていわゆる『未曾有の不確実性』と呼ばれる時代が生み出されているとも指摘されている」状況のもと、「日本社会のあり方と向き合うことが求められている日本の上場企業には、社会課題解決からの収益性(SX戦略)を実現する価値創造ストーリーを構築し、各種の生産性向上、成長投資促進、競争優位性などを規律を持って精査し訴求していくことが求められている。現にそのようなSXの理念を経営哲学・経営理念としている日本の優良企業も多い」と19)

後編へ続く

脚注   [ + ]

1. 神田秀樹ほか「<座談会>「『稼ぐ力』を強化する取締役会5原則」と取締役会実務等の変容」商事法務2397号(2025年)4頁以下、4頁(武井一浩発言)参照。
2. 武井一浩「コーポレートガバナンス—日本経済・日本企業の成長戦略の実現に向けて」商事法務2399号(2025年)6頁以下、6頁参照。
3. コーポレート・ガバナンス改革の背景事情については、拙稿「『鍵を探す男』と『ブルシット・ジョブ —『規制の虜』を見ないことの帰結」一橋法学23巻1号(2024年)451頁以下、465頁注35を参照されたい。
4. なぜ、2013年という時期にSSコードの話が出てきたのか。その理由として考えられることとして、弁護士の松尾直彦は、次の点をあげている。①会社法の見直しにおいて社外取締役の義務付けが入らなかったので、外から機関投資家の力を借りて日本企業のコーポレート・ガバナンスを改善できないかという問題意識が出てきたこと、②経済産業省と金融庁の勢力争いがあり、経済産業省が言い出したので、金融庁としても引き取らざるを得なくなったこと(注:SSコードは、金融庁が、2013年8月に立ち上げた「日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」〔座長:神作裕之東京大学大学院法学政治学研究科教授[当時]〕における議論をもとに策定したものである)、③安倍政権の日本再興戦略の目玉としてもいいのではないかとされたこと、である。拙稿「コーポレート・ガバナンス放談(下)— 改革の政治経済学」ビジネス法務2015年9月号110頁以下、114頁注51に掲載した松尾直彦のコメントを参照。
5. 宍戸善一=大崎貞和『上場会社法』(弘文堂、2023年)22頁~23頁・140頁参照。
6. 坂本雅子『空洞化と属国化 — 日本経済グローバル化の顚末』(新日本出版社、2017年)374頁から引用。なお、「金融化」の方向に構造転換が進められる理由について関心がある読者は、拙稿「会社法制改革の政治経済学 —『合併等の対価の柔軟化』を振返って」一橋法学24巻1号(2025年)175頁以下「Ⅴ 金融という構造的権力」(187頁以下)を参照されたい。
7. 上村達男『会社法は誰のためにあるのか — 人間復興の会社法理』(岩波書店、2021年)116頁注141・217頁参照。
8. コーポレート・ガバナンス産業については、拙稿「コーポレート・ガバナンス放談(上)— 改革の政治経済学 —」ビジネス法務2015年8月号108頁以下、111頁~112頁を参照されたい。
9. セブラニ・クレビス「コーポレートガバナンスにおける国際政治の影響と学際的な議論の視点」商事法務2392号(2025年)4頁以下、4頁から引用。なお、この時期のコーポレート・ガバナンス改革が、株主の利益を増やすための政策であったことを裏打ちする実証データとして、たとえば、スズキトモ(早稲田大学教授)と倉橋雄作(弁護士)の<対談>(スズキトモ=倉橋雄作「成熟経済社会における『利益』と『株価』を考える — 商事法務実務における現代的課題」商事法務2403号(2025年)25頁以下)において紹介されている「びよーんグラフ」(30頁)・「ワニの口グラフ」(31頁)を参照されたい。前者を見ると、2001年に発足した小泉政権のもとで新自由主義政策が始まると株主還元が急激に伸び、2015年のコーポレートガバナンス・コード導入後は、一層勢いを増して「びよーん」と伸びていることが分かる。後者を見ると、2001年当時と比較して、2024年には、株主還元は10倍以上の43兆円に増大する一方で、エクイティ・ファイナンスはむしろ減少して1.6兆円に下落しており —「企業→投資家」というカネの流れは大幅な上昇傾向を示す中、「投資家→企業」というカネの流れはむしろ低減する傾向を示しており、前者と後者の差は、「ワニの口」のように開くばかり —、株主還元の急増は、投資家による追加的な資金提供や付加価値を伴う効果的なガバナンスの成果として受け取っているものではないことが分かる。
10. 武井・前掲注2)8頁参照。グローバル水準のROEとして、「8%」という目標を設定したのが、SSコードが策定された2014年に経済産業省が公表した「伊藤レポート」— 伊藤邦雄(一橋大学名誉教授)が座長となってとりまとめた「『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクト」最終報告書【PDF】— である。会計学者の阿部健人(立正大学経営学部経営学科准教授)は、アベノミクスの成否を判断する指標である株価の向上という「政策的な影響を受けて持続的な企業価値向上を目指す目標として、持続的に企業価値を生み出すこととは相容れない性質があるROEが設定され、ROE向上を促す制度や2つのコードと連動し、実際に日本企業に短期主義的な行動も助長した」(阿部健人「価値評価実践としてのROE:伊藤レポートを中心として」日本情報経営学会誌40巻1・2号〔2020年〕102頁以下、111頁から引用)と述べている。また、伊藤レポートの理論的支柱は、「日米構造協議によるアメリカからのプレッシャーによって、株主の影響力が強いアメリカ型のコーポレートガバナンスをもとに日本のコーポレートガバナンスの制度改革が進められてきた(・・・)という歴史的な経緯」に大きく影響されていることを、阿部は指摘している(同論文108頁参照。「」内の文章は同頁から引用)。
11. 武井一浩「非業務執行役員の役割と会社法」田中亘=中林真幸編『企業統治の法と経済 — 比較制度分析の視点で見るガバナンス』(有斐閣、2015年)301頁以下、318頁~319頁参照。
12. 武井・前掲注2)8頁~9頁参照。
13. 経済産業省「『稼ぐ力』の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会(CG研究会)の議論の全体像」【PDF】に同研究会の委員一覧が添付されている。
14. 経済産業省のニュースリリースを参照。
15. 神田ほか・前掲注1)6頁(中西友昭発言)から引用。
16. 神田ほか・前掲注1)12頁(中西友昭発言)参照。
17. 神田ほか・前掲注1)12頁(中西友昭発言)参照。「」内の文章は、同頁から引用。
18. 武井・前掲注2)12頁参照。「」内の文章は、同頁から引用。
19. 武井・前掲注2)14頁参照。「」内の文章は、同頁から引用。

仮屋広郷(かりや・ひろさと)一橋大学大学院法学研究科教授