(第94回)未確立療法における医師の義務(山口斉昭)
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(毎月1回掲載予定)
乳房温存療法事件最高裁判決
乳がんの手術に当たり、当時医療水準として未確立であった乳房温存療法について医師の知る範囲で説明すべき診療契約上の義務があるとされた事例
(最高裁判所平成13年11月27日第三小法廷判決)
【判例時報1769号56頁掲載】
医学的に有効性、安全性が未確立である新規の治療法は、本来、医学的な有効性、安全性を確認することを目的としたうえで、あくまでも研究として行われるべきものである。その実施は、研究計画や、説明同意文書、被害が生じた場合の補償のあり方など、実施条件を倫理審査委員会等が審査し、極めて慎重になされなければならない。従って、有効性、安全性が未確立の治療法を、通常の医療において安易に実施することは、仮に患者から強い希望があったとしても、認められるべきでないといえよう。未熟児網膜症訴訟日赤高山病院事件最高裁判決(最三判昭57・3・30判時1039号66頁)は、「人の生命及び健康を管理すべき業務に従事する者は、その業務の性質に照らし、危険防止のため実験上必要とされる最善の注意義務を要求されるが、右注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である」として、医療水準論を確立した。この判決は、「医師が医学的知見に照らし十分納得のいかない新規治療方法を患者に紹介することの方が却つて医師として無責任な態度であり,診療契約上の義務違背であるとすらいうべき」、「医師としてあくまで堅持すべきは、往々にして藁をもつかみたい心情にある患者側に対して、医学的法則に裏付のある冷静な判断であり、またこれに基づく適切な指示でなければならない」として、当時、未確立の治療法であったとされた光凝固法についての実施・転医・説明義務を全面的に否定した同事件の控訴審判決(名古屋高判昭54・9・21判時942号21頁)を維持したものであり、それゆえ、同判決も、基本的には、前記のような立場に立っていたものと理解される。
しかし、その後、最高裁は、乳房温存療法事件判決(本判決)において、患者に同療法の適応可能性があり、患者が同療法について強い関心を有するなどの事情があった本件においては、医師自身が消極的な評価をし、自らはそれを実施する意思を有していなかった場合であっても、当時未確立とされた乳房温存療法について、医師の知っている範囲での説明義務があるとした。本判決は、乳がん治療である本件事案の特殊性に即した限界的な判断であり、少なくとも、医学的に有効性、安全性が未確立の治療法につき、一般に説明義務が課され、さらには実施が許されるとした判決として理解されるべきではない。この点、実は最高裁も、控訴審で乳房温存療法につき「未だその安全性が確立された術式であったということはできない」としていたところを、「医療水準として未確立」として言い換えている。当時、私は、このことを指摘して、最高裁も、本判決が、(医学的に)「有効性、安全性が未確立」である治療法についての判断として一人歩きすることを嫌ったものと見ることができる旨指摘した(「新規治療法の『確立』と医療上の注意義務—医療水準論をめぐる最近の動き」民事法情報188号〔2002年〕80頁)。
ところが、調査官解説は、このような理解を「本判決を正解するものではない」とし(中村也寸志「本件判解」最判解民事篇平成13年度(下)733頁)、その後の裁判例も、説明義務が課されることは別としても、有効性、安全性が未確立である治療法の実施自体が違法であるとの判断にまでは踏み込むことはなかった(拙稿「未確立医療の実施・提供における医師の義務と役割」只木誠ほか編『甲斐克則先生古稀祝賀論文集 下巻』565頁参照)。結局、有効性、安全性が未確立の治療を一般に禁ずる理論についての検討は十分になされず、本判決は、むしろ、そのような治療法であっても、患者の希望がある限り、説明義務があるとする判決として位置づけられることになる。そして、現状では、逆に、患者がそれを望み、医師から十分な説明がなされて患者が同意する限り、医学的に有効性、安全性が未確立の治療法であっても、その実施を禁ずる判例理論は、一般的に存在しないと考えられているのである。
現在、我が国では、がん治療などの自由診療において、「藁をもつかみたい心情にある患者」に対し、有効性・安全性の確認されていない非標準治療を、高額の治療費で実施し、それによって健康被害が生ずるなどの深刻な問題が生じている(「シンポジウム/科学的エビデンスの不明な自由診療—がん治療を中心に」年報医事法学40号〔2025年〕86頁など)。この点への法的対応を検討する際に、大きなハードル的要素となっているのが、本判決の理解である。本判決が、自己決定に関する患者の利益を認めた判決として、理論的に大きな意義を有することは疑いない。しかし、現在の医療において、有効性、安全性が未確立である治療法が実施される問題は、本判決の理論(の一人歩き)によって、より深刻となっているという側面を否定できない。本判決の意義や射程範囲については、現在生じている前記のような問題を踏まえ、改めて検討することが、我々に課された重要な課題であろう。
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山口斉昭(やまぐち・なりあき 早稲田大学法学学術院教授)1967年生まれ。日本大学商学部専任講師、助教授、教授、日本大学法学部教授を経て現職。著書として『人身損害賠償法の理論と実際』(共編著、保険毎日新聞社、2018年)、『医療事故の法律相談』(共編著、青林書院、2019年)、『複雑困難事件と損害賠償Ⅰ・Ⅱ』(共編著、青林書院、2023年)、『口語民法---令和新版』(共編著、自由国民社、2025年)など。














