(第95回)ESGに関わる法的論点の広がり(有吉尚哉)
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。(毎月中旬更新予定)
浜辺陽一郎「ESG投資をめぐる法的論点の整理」
法律時報98巻9号(2026年9月号)77頁
近年、機関投資家の間では、程度の差こそあれ、投資先企業の業績やガバナンス(Governance)の状況だけでなく、投資先企業が企業活動を通じて環境(Environment)や社会(Social)に与える影響も考慮するESG投資が潮流となっている。企業の側も目先の収益だけではなく、ガバナンスはもとより、環境や社会の視点も意識して業務運営を行うことが避けられない状況となっている。こうした状況も踏まえ、ESGの観点からのコーポレートガバナンスや情報開示などに関わる制度整備も継続的に進められている。
もっとも、受託者責任を負う機関投資家については、なぜESG投資を行うことが許容されるのか、さらには、ESG投資を行うことが義務付けられる場合があるのか、といった点は法的観点からしばしば検討されているが、考え方が確立しているとはいえない。同様に、株式会社の役員が環境や社会への影響を意識した企業経営を行うことについて、会社や株主に対する責任との関係をどのように考えるべきか、会社法上の議論もいまだ収斂しているとはいえない。このようにESGに関する法的論点の研究は、基礎的な事項についても議論が道半ばという状況にある。
本稿は、青山学院大学の浜辺陽一郎教授が、ESG投資に関わる法的論点について、ESG投資を行う投資家と、ESGの取組みを行う企業の両者の立場に着目した上で、多様な法的観点から論点整理を行うものである。本稿で浜辺教授は、米国の議論を参照しつつ、まず「ESG投資を巡る論争は、そもそも現代のESG課題を認めるか否か、どの程度認めるかという出発点から大きく分岐する」ことを指摘する。日本においては、ESG課題が他の政策課題に劣後するといった議論や、ESG投資の意義を否定するような議論が正面からなされることはほとんど見受けられないように思われるが、本稿では、ESG課題やESG投資に否定的な立場とその論拠にも目が向けられている。ESGの取組みを推進する立場をとるとしても、ESGの取組みの意義をより深く理解するために、批判的な立場があることを認識した上で、その論拠を理解することは有用であろう。
そして、浜辺教授は、総論的に「ESG投資をめぐる基礎的指摘」として会社の目的論に言及する。具体的には、会社の目的論について、①会社の目的を株主価値最大化に限定すべきかという規範的議論、②経営学・企業倫理学の文脈で会社の存在意義を論じる議論、③会社法上の概念としての会社の目的に関する議論という三つの次元を区別する。その上で、これらの議論が必ずしもかみ合っていないことを指摘する。特に①との関係で、株主至上主義をいかに位置づけ、理解すべきかが基礎的検討課題であることを述べ、考察を加えている。
また、浜辺教授は「ESG投資をめぐる法的論点は、会社法、金融規制、国際競争政策等が交錯する複合領域である」と捉えている。そして、本稿ではESGの取組みに関して会社法の規律や投資家の信認義務、情報開示の在り方といった典型的な法的論点だけでなく、経済安全保障との関係、競争法上の論点、ESGの評価主体・評価方法、準拠法・域外適用など、多様な法的観点から検討をすることの必要性が示される。また、本稿の中では、ESGをめぐる論点整理とあわせて、ESG課題に関して社外取締役に期待される役割や、ESG課題を推進するための社内体制、「日本型経営」とESG投資の関係など、企業経営の実務に有益な示唆を与える論点にも簡潔に言及されている。
ESG投資やESGを意識した企業経営に関わる法的論点を理解し、それを踏まえて投資又は企業経営の方針を持つことは、投資活動や企業活動の実効性を高めることにつながると考えられる。本稿は「ESG投資をめぐる法律上及び政策上の主要論点を整理し、その全体像を概観」することを目的とするものであり、その内容は基本的には論点の摘示に留まるが、本稿を手掛かりとして、浜辺教授による他の論稿を含む関連文献を参照し、これらの論点の考察を深めることは、研究者だけでなく実務家にとっても有益であろう。そのような意味で、本稿が、日本におけるESGをめぐる法的議論のさらなる深化に寄与することを期待したい。
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有吉尚哉(ありよし・なおや)2001年東京大学法学部卒業。2002年西村総合法律事務所入所。2010年~11年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士。金融審議会専門委員、財政制度等審議会臨時委員、金融法学会理事、金融法委員会委員、日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員、東京大学公共政策大学院客員教授、武蔵野大学大学院法学研究科特任教授、一般社団法人流動化・証券化協議会理事。主な業務分野は、金融取引、信託取引、金融関連規制等。主な著書として、『ファイナンス法大全(上)(下)〔全訂第2版〕』(商事法務、2025年、共著)、『成長資金供給とイノベーションの政策学』(中央経済社、2025年、共編著)、『サステナビリティ大全』(商事法務、2025年、共著)、『フィデューシャリー法大全』(弘文堂、2024年、共訳)、『動き出す「貯蓄から投資へ」―資産運用立国への課題と挑戦』(金融財政事情研究会、2024年、共著)、「日本法の下でのESG/SDGsを考慮した投資と法的責任」『フィデューシャリー・デューティーの最前線』(有斐閣、2023年)等。論稿多数。















