(第7回)生成AIと人間の運命 — ハーバードで考えたこと

現在史のプリズム(三浦俊章)| 2026.10.13
第二次世界大戦後に築かれた国際秩序がいま大きく変容し、崩れつつあります。その秩序をつくったアメリカのトランプ大統領自らが「法の支配」を無視し、むき出しの強者の論理を押し付けているのです。私たちは、視界不良のまま海図なき航海に乗り出しているのではないでしょうか。とはいえ、現在の私たちがあるのは、過去の歴史の積み上げの結果なのです。世界と日本のこれまでの歩みを振り返り、歴史の知恵を生かして私たちの現在と未来を考える連載を始めます。

(毎月上旬更新予定)

9月中旬、ハーバード大学で開かれた歴史関係のシンポジウムに参加するため、久しぶりにアメリカを訪れた。コロナの発生以来、初めての訪米だが、ハーバードを訪ねるとなると9年ぶりになる。

知の殿堂にふさわしいハーバード大学ワイドナー図書館。全米の大学図書館中最大を誇る。

聞きしに勝る物価高だった。近くのカフェで軽食を取ろうと、ハンバーガーとコーヒーを注文すると3000円、大学のカフェテリアで昼食を取ったら2600円、夕食にちょっといいレストランに入って料理を頼み、グラス・ワインでも飲もうものなら、ひとり1万円を軽く超えた。この10年足らずでアメリカの外食の値段は体感でおよそ2倍になり、1ドル=100円ちょっとだった為替相場は150円以上になった。合わせれば、円に換算した感覚では、かつての3倍である。

だが、それ以上に衝撃を受けたことがある。

ハーバード大学生協(ハーバード・コープ)の書店の変わりようである。今世紀初めのワシントン特派員時代にはボストンを訪れるたびに立ち寄り、その後ハーバード大学で研究員を務めたときには足しげく通った。世界トップクラスの大学にふさわしいアカデミックな雰囲気の書店で、規模こそ日本の大型書店には及ばないが、古今東西の古典から最新の研究書まで、知の最前線を実感できる充実した品ぞろえを誇っていた。そこで過ごす時間は至福のひと時だった。

土産物店と化したハーバード大学生協書店。2階の回廊部分には本棚が残る。

その書店が、土産物店に変わっていた。1階は、ハーバードのロゴが入った衣服で埋め尽くされ、地下1階も同様の土産物コーナー。吹き抜けで回廊形式になっている2階の壁は今もなお本棚だったが、フロア全体が書籍売り場として残っていたのは、かろうじて3階だけだった。以前も書店の一角にTシャツなどを売るコーナーはあったが、そういうグッズは近くにある土産物専門の生協の店がもっぱら商っていた。それが今回は書店自体が土産物店となり、主従が逆転していたのだ。

フロアでは、中国語や韓国語などが飛び交っていた。大学のキャンパスも学生より観光客のほうが目立つくらいだから、土産物販売がドル箱なのはわかる。だが、この模様替えはいくらなんでも行き過ぎだろう。背景には、日本よりはるかに先行して進むデジタル化、つまり学生の紙の本離れがあるに違いない。

ハーバードのロゴが入った乳児用Tシャツだけでこれだけの品ぞろえ。4か月用、6か月用、12か月用など細かくサイズが分かれていた。

デジタル化だけではない。現状はもっと深刻だ。シンポジウムの合間にアメリカの大学教員と話していても、話題の大半は生成AIのことだった。学生の学びが一変してしまったという。AIに頼るから、自分で調べようともしない。提出されたのが完璧すぎるレポートなら「AIを使ったのだろう」と学生を問いただすこともできるが、最近は「大学生らしく書いて」と命じれば、もっともらしいレポートが仕上がるという。「打つ手なし」とのため息と、「学生の学力が急激に落ちている」との危機感が共有されていた。

私自身も最近は調べものにAIの助けを借りることがあり、その優秀さにしばしば驚嘆させられる。だが、ひとつ大きな疑問も抱くようになった。AIを使えば、これまでとは比べものにならないほど広範なデータを集め、すべてを調べつくすことができるかもしれない。では、それは私たちの生き方をどう変えるのだろうか。

先に、ハーバード大学生協の書店を探訪する楽しい思い出について書いた。そもそも、私は品ぞろえにこだわった中規模の書店が好きなのである。全体をざっとながめることができる上に、思わぬ本との出会いがあるからだ。あらかじめ探そうと思っていた本以外に、こういう本があったのかと驚かされることもしばしばだ。

今回、生協の書店の変わりようには失望したが、近くに昔からある書店の古書部ではうれしい発見があった。以前から欲しかったが、インターネットでは高すぎて手が出なかった歴史書が、手ごろな値段で書棚に並んでいた。また、関心のあるテーマで、まったく知らなかった本にも出会った。両方とも迷わず購入した。

「中くらいの本屋が好きな人は運命を信じている」という説がある。エッセイストとしても知られた国際政治学者、高坂正堯・元京大教授(1934~96)の言葉だったと記憶する。すべての本を読むには人生は短すぎる。本との出会いは運に任せるしかない、という意味だ。

これまでの人生を振り返ると、思わぬ失恋、失敗、親しい人を失ったときなどにはいつも、心を癒し、勇気づけてくれる本に出会った。私の場合、それは夏目漱石の『三四郎』であり、ヘルマン・ヘッセの『デミアン』であり、ロジェ・マルタン・デュ・ガールの『チボー家の人々』であった。いずれも誰かに勧められたわけではない。たまたま本屋で手に取ったり、図書館で巡り合ったりしたのだ。

人との出会いもそうだろう。80億人もいるこの地球上の誰かとどこかで出会い、友人になり、結ばれる。そうした人間の運命が、AIの登場によってどう変わりうるのだろうか。機械のスピードがいかに速くなり、スコープがいかに拡大しても、人生の可能性が広がるわけではない。AIは人が探すものを見つけてくれる道具である。しかし、探していないものと出会う場所ではないのだ。

教室の学生たちにも、書棚の前で悠然と知の散歩をしてもらいたい。ふと手に取った一冊が、いつか人生を支えてくれるかもしれない。


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三浦俊章(みうら・としあき)
元朝日新聞記者。政治部、ワシントン特派員、論説委員、編集委員、テレビ朝日系列「報道ステーション」コメンテーターなどを歴任。主著に『ブッシュのアメリカ』(岩波新書、2003年)、共訳に『アメリカ大統領演説集』(岩波文庫、2025年)など。

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