プラットフォームの時代の主権者教育 — 論争的共通感覚の形成へむけて(小玉重夫)

2026.09.25
2026年3月16日、沖縄県名護市辺野古沖で小型船が転覆し、同志社国際高校の生徒と船長の2人が亡くなった事故を受け、5月22日、文部科学省は同校の学習内容が教育基本法14条2項(政治的中立性)に違反するとの見解を公表しました。このような認定は初めてであり、教育関係者のみならず、法学・政治学の研究者からも様々な論点が指摘されています。
学校教育における「政治的中立性」をテーマに、教育学を専門とする小玉重夫さんに寄稿いただきました。

第 1 節 戦後史と 18 歳選挙権

政治的中立性の問題を考えるうえでまず重要となるのは、日本の戦後史の中で、2015 年の 18 歳選挙権実現の意義を考えることである。1945 年から 2045 年までの 100 年を前半と後半に分けたとき、1989 年の冷戦の終焉がほぼその中間地点にあたり、この前半の 50 年を 1970 年を境として 2 つにわけ、また、後半の 50 年を、2020 年を境として分けると、図にあるような時期区分となる。

見田宗介や大澤真幸らの論も参考にしつつ、1945 年から 1970 年前後までを理想の時代、1970 年前後から 1990 年前後までを虚構の時代、1990 年前後から 2020 年前後までを市民性の時代、そして 2020 年前後からは、戦後 100 年の最後の 4 半世紀に突入した時代で、これをプラットフォームの時代を名づけたい(小玉 2018)。ちなみに国内な時期区分と対応させて言えば、第 1 期の理想の時代と第 2 期の虚構の時代はほぼ昭和に、第 3 期の市民性の時代はほぼ平成に、第 4 期のプラットフォームの時代はほぼ令和に対応している。

「理想の時代」においては、冷戦期のイデオロギー対立が教育と政治の関係を色濃く規定してきた。そこでは、逆説的ではあるが、政治的対立が教育現場を規定することによって、教育現場が政治を扱うことに対する極度の警戒感、拒否反応をもたらしてきた。具体的には、1954 年のいわゆる「教育二法」(教特法改正と、中立確保法制定)以降、本来政治教育を促進するために政治教育の中立性を定めた教育基本法第 14 条(現行)第 2 項の性格が教育を非政治化するための中立性へと転化し、学校で政治教育を行うことそれ自体を抑制させる効果をもたらしてきた。

さらに「虚構の時代」の契機となった学生運動への反動として、1969(昭和 44)年に当時の文部省が「高等学校における政治的教養と政治的活動について」(文初高第 483 号、以下 1969 年通達)で高校生の政治活動を禁止し、教育は急速に脱政治化していく。

しかし、冷戦が終結した「市民性の時代」以降、そうした状況が変化し筆者も参加した 2011 年の総務省「常時啓発事業のあり方等研究会」をはじめ、総務省や文部科学省が、政治教育や市民教育(シティズンシップ教育)を強化する方向での議論を始めていく。その背景には、1990 年代以降の日本社会における政治的意味空間の再建へ向けての動き、あるいは、日本国憲法の改正手続きに関する国民投票法が投票年齢を 18 歳と規定していることなどが深く関係していた。また、教育課程においてもこの時期に新設された「総合的な学習の時間」などを通して教育の再政治化が試みられていく。

そうしたなかで、この時期の変化を制度上もっとも象徴的に示すのが、文科省における前述の 1969 年通達から 2015 年通知への転換である。1969 年通達は、高校生を未成年者として捉え、国家・社会はその政治活動を「期待していない」とし、政治活動を行わないよう求めていた。これに対し、18 歳選挙権の成立を受けた 2015 年通知(「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について」)は、「18 歳以上」の高校生が有権者となったことを踏まえ、高校生が国家・社会の形成に主体的に参画することが「より一層期待される」と明記した。すなわち、政治参加を期待しない生徒像から、公共世界の形成に参加する生徒像へと、制度の言葉そのものが転換したのである(小玉 2016)。

この転換は、単に投票年齢が 2 歳引き下げられたという制度変更にとどまらない。それは、高校生を保護と管理の対象としてのみ捉える政治教育から、すでに政治社会の構成員である者として扱う政治教育への転換を要請するものであり、日本の政治史上で見ても極めて大きな転換であった。

そして 2020 年代は、探究や教育 DX に特徴づけられる「プラットフォームの時代」に突入し、あらためて教育の再政治化が問われている状況にあると言えよう。ここでいう再政治化とは、「理想の時代」におけるようなイデオロギーの対立を学校に持ち込むことではない。教育の場で、何が公共的な問題であるのかを問い、対立を不可視化せず、判断の形成過程を開くことを意味する。

しかしながら、学校現場には、いまなお、長い脱政治化の歴史のなかで形成された「政治を扱うこと自体が危険である」という感覚が根強く残っている。筆者が参加した 2022 年の文科省主権者教育推進会議最終報告書でも、高等学校での主権者教育の実施状況について「『現実の政治的事象についての話し合い活動』に取り組んだ割合が 3 割強(34.4 %)であることや、指導に当たって関係機関と『連携していない』と回答した割合が 5 割弱(48.2 %)」という課題が指摘され、「ともすれば政治的中立性を過度に意識するあまり教師が指導に躊躇する現状を乗り越え、学校における指導を実際に充実する」ことが説かれている。

つまり、「政治的中立性」が政治教育の推進のためにではなく、その萎縮のために機能してしまっていることを文科省自身が認識しているのである。このことは極めて重大である。

第 2 節 教育基本法違反を認定することの政治教育上のリスク

以上のような状況の中で、2026 年 3 月 16 日、沖縄県名護市辺野古沖で、同志社国際高等学校の研修旅行に関わる船 2 隻が転覆し、生徒と船長の 2 人が死亡し、生徒ら 14 人が負傷した。文部科学省が同年 5 月 22 日に公表した文書は、ボート乗船に先立つ現地下見が行われていなかったこと、転覆時に引率教員が乗船していなかったこと、2 隻に対して当初から引率教員が 1 人しか配置されていなかったこと、船の詳細を生徒や保護者に十分説明していなかったことなどを確認した(文部科学省 2026:1-3)。学校教育の管理下で死傷者を出した以上、安全管理、意思決定、説明責任を徹底して検証し、再発防止を図ることは当然である。政治的意義のある学習であっても、安全上の不備が免責されることはない。

しかし、問題は、文部科学省が安全管理の検証にとどまらず、辺野古移設工事に関する学習を教育基本法第 14 条第 2 項に反するものと判断したことである。文科省は、学校が抗議活動に日常的に使用される船による見学をプログラムに組み込んだこと、開会礼拝で牧師が複数年にわたり抗議活動を説明したこと、過去の研修旅行のしおりに座り込みを求める文言が掲載されていたこと、事前・事後学習でさまざまな見解を十分提示したことを確認できなかったことなどを総合し、同条違反だとした(文部科学省 2026:5-7)。ここで留意しなければならないのは、文科省が示した見解は法的拘束力のある規制ではなく、あくまで指導助言の範囲にとどまるということである。文科省の見解を批判するにせよ、肯定するにせよ、「理想の時代」のイデオロギー対立の次元にこの問題を還元するのはアナクロニズムである。

ただ、にもかかわらず文科省の見解が危惧されるのは、以下の 2 つの点からである。

第一に、この見解によって主権者教育への萎縮が進む可能性があるという点である。いいかえれば、教育現場がこの認定を拡大解釈し、自己検閲、自己規制を始めてしまいかねないことである。前述の通り文科省は「ともすれば政治的中立性を過度に意識するあまり教師が指導に躊躇する現状」を主権者教育における課題だととらえているのであるが、まさにそうした「躊躇する現状」をこの認定自体が創り出してしまっているという逆説的な事態が生じてしまっている。

行政が中立性違反を認定するのであれば、「誰がどう見ても違反」といえるほど明確で限定的な基準に基づくべきであった。何が許され、何が違反となるのかが不明確なまま強い評価だけが下されれば、個別の授業だけでなく、学校全体が論争的な主題を避ける方向へ動くからである。

この萎縮は、単に政治的な授業や校外学習の件数が減るという量的問題ではない。基地、原発、気候運動、労働争議、差別への抗議など、現実に対立が続く場所と当事者を避けることになれば、子どもが関係のなかで意見を形成し、異論に出会い、自らの判断を修正する空間そのものが縮小する。行政文書や教科書から切り取った「複数の見解」を機械的に均等配分し、その範囲内で回答させるだけでは、生徒は共通世界をつくる者ではなく、あらかじめ均衡化された情報の受け手に戻されてしまう。

第二の問題は、中立性を「現場や当事者から距離を取ること」と同一視してしまう点にある。平和教育は、当事者の声を聞き、自分自身も当事者になって考えるところから始めつつ、戦争、原爆、核兵器をめぐる立場の違いを含めて考える必要がある。ここで重要なのは、当事者への接近と、異なる立場への開放性とを対立させないことなのである。現場に近づくことは、直ちに一方の立場への同一化を意味しない。むしろ、具体的な声、身体感覚、歴史、資料に触れるからこそ、自分の前提が揺さぶられ、異論や反論を受け止める契機が生まれる。

第 3 節 論争的共通感覚の方へ

以上の問題を乗り越えるために注目したいのが、フランスの哲学者ジャック・ランシエールの「論争的共通感覚」という把握である。ランシエールは、「実践は、見えるもの、言いえるもの、為しえるものの新たな風景を描くことに寄与する。それはコンセンサスに抗して、別の形の『共通感覚』、つまり、論争的な共通感覚(sens commun polémique)の様々な形式を作り上げるのである。(Rancière 2008:84 = 2013:96-97)」と述べている。ランシエールが言っているのは、コンセンサスや共通感覚(コモンセンス)があるとしても、それは誰かが正義をもっていてそれを上から押しつけるのではなく、コンセンサスがないということのコンセンサス、そういうものとしての論争的共通感覚が重要だといっているわけである。

たとえばドイツでは、超党派で政治教育を支援する「政治教育センター」という組織があり、教材やカリキュラムを開発するなどして後押ししているが、この組織が依拠する政治的中立性についての指針に「ボイテルスバッハ・コンセンサス(合意)」というものがある。それは、① 教員が見解を押しつけてはいけない ② 論争のあるものは論争のあるものとして扱う ③ 生徒が自分にとっての利害を理解した上で、政治に参加できるようにする、という 3 原則からなる。ここでもやはり、「論争があること」の共有が強調されている。中立性とは論争性のことであるといってもいいかもしれない。

その意味で、論争的共通感覚とは、誰かが正義を所有していると前提するのではなく、異なる者どうしが、同じ世界について争いながら、その世界を共有可能なものとして作り直していく感覚である。教育哲学者のカリン・ムリスがいうように、誰かがあらかじめ正義を保持しているのではなく、「複数の時間性に宿り、互いが互いを可能にしあう共動(共構成)的(sympoietic)なシステム」(Murris 2018)のなかで、論争的な共通感覚を形成することが、来るべき政治教育を可能にするのである。

この共動的なシステムのなかで、政治的中立性は、無色透明な立場や沈黙ではなく、知の共構成に関与するための共有原理として再定義される。ここから導かれるのは、教師が自らの立場を完全に消去したように装うのではなく、どの資料を選び、どの問いを立て、誰の声を聞き、どの危険を想定したのかを可視化し、それらを生徒の質問と反論に開くという姿勢である。中立性とは、意見を持たないことではなく、意見形成の条件を一方的に独占しないことである。

プラットフォームの時代の主権者教育に必要なのは、既成の政治的立場を教え込む活動でも、政治から距離を取る営みでもない。子どもと大人が、何が公共的問題であるかを探り、互いの知と位置を変えながら判断をつくる「知の共構成としての探究」である(小玉 2026)。そうした探究を萎縮させず、論争を通じて共通世界を形成することこそ、プラットフォームの時代における政治教育の課題なのである。

参考文献


◆この記事に関するご意見・ご感想をぜひ、お問い合わせフォームよりお寄せください。



小玉重夫(こだま・しげお)
1960 年生まれ。白梅学園大学・白梅学園短期大学学長、教授。東京大学法学部卒業、東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。慶應義塾大学助教授、お茶の水女子大学教授、東京大学教授を経て、2024 年 4 月より現職。東京大学名誉教授。『教育政治学を拓く――18歳選挙権の時代を見すえて』(勁草書房、2016年)、『シティズンシップ教育』(放送大学大学院教材、2026年)など。researchmap