(第93回)多国間貿易体制と経済安全保障 — 日欧連携について(平家正博)
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。(毎月中旬更新予定)
ディミトリ・ヴァンオーヴェルベークほか「特集/これからの欧州と日本の法的連携を考える—サステナビリティ規制を中心に」
法律時報97巻8号(2025年7月号)4~56頁
前回の連載では、関税や非関税障壁の削減を通じた貿易自由化が各国間の相互依存を深める一方、その相互依存関係が近年では経済的威圧の手段として利用されるようになっていることを紹介した。そして、そのような環境変化を踏まえ、「信頼できるサプライチェーン」の構築を目的として、政治・安全保障上の価値観を共有する国・地域との経済統合が重視されるようになり、その手法もFTAだけではなく、新たな協力枠組みへと広がっていることを述べた。
もっとも、経済統合を妨げるものは、もはや関税だけではない。
近年、企業活動により大きな影響を与えているのは、各国・地域が導入する様々な「規制」である。環境、人権、デジタル、経済安全保障などの分野では、規制そのものが企業の競争条件を左右し、サプライチェーンの再編を促し、市場アクセスの可否を決定するようになっている。
この点で、現在最も存在感を示しているのがEUである。EUは、CBAM(炭素国境調整措置)、電池規則、エコデザイン規則(ESPR)、デジタル製品パスポート(DPP)、企業サステナビリティ関連制度などを相次いで導入している。これらはEU域内だけを対象とした制度ではない。EU市場へ製品やサービスを供給する企業や、そのサプライチェーン全体に影響を及ぼし、結果として世界各国の企業行動や制度設計にも影響を与えている。このような現象は、いわゆる「Brussels Effect(ブリュッセル効果)」として知られている。EUは巨大市場を背景として、自らの規制を事実上の国際標準へと発展させる影響力を有しているのである。
このような問題意識から、今回は『法律時報』2025年7月号特集「これからの欧州と日本の法的連携を考える—サステナビリティ規制を中心に」を紹介したい。本特集は、「日EU間の法的連携は、個別の技術的対応にとどまらず、より広範な地政学的・制度的文脈の中で捉えるべき重大な課題である」(ディミトリ・ヴァンオーヴェルベーク「企画趣旨」)との問題意識の下、EU規制を多角的に分析している。
本特集を読みながら、私は特に三つの点について考えさせられた。
第一は、日本はEUとの法的連携を「受け入れる」のか、それとも「共に作る」のかという視点である。規制協力には、国際条約を通じて共通の制度を策定する方法もあれば、それぞれの制度を維持しながら相互承認や同等性評価を通じて接続する方法もある。しかし、競争政策、サステナビリティやデジタル政策のように国内政策との結び付きが強い分野では、共通の制度を作ることは容易ではない。だからこそ、日本に求められるのはEU規制をそのまま輸入することではない。早川有紀「デジタル経済におけるEUのグローバルスタンダード設定とその影響力」や伊藤洋一「EUの国際ルール形成力に関する若干の考察」が論じるように、EUは規制を通じた国際標準化を志向しているが、日本としても、自国の法制度や産業構造を踏まえつつ、どこで制度的整合性を図り、どこで独自性を維持するのかを主体的に考える必要がある。また、木下由香子「EUデューディリジェンス義務化の規制再構成の行方」や伊藤一頼「デジタル製品パスポートはグローバルな規制モデルとなりうるか」が論じるように、日本は、EU側に、規制の設計や実施方法について提案していく姿勢も重要になるだろう。
第二は、EU規制を企業経営の視点から捉える必要性である。EU規制は確かにコンプライアンス負担を伴う。しかし、それだけではない。木村響・羽深宏樹「EUサステナビリティ規制における分散型ガバナンスの試み」やSimon VANDE WALLE「データ空間と競争法の課題」が指摘するように、電池規則やデジタル製品パスポート(DPP)といったEU規制は、サプライチェーン管理や情報管理の高度化を求める特徴を有するが、それに対応できる企業には新たな競争優位をもたらす可能性もある。寺田麻佑「欧州電池規則とデジタル製品パスポートの制度設計と課題」が論じるとおり、日本企業の競争力を向上させるためのビジネスチャンスとして捉える重要性も高まっているのではないかと考えられる。また、中村民雄「EUの新たな規制像と日本」が論じるとおり、EU規制に通底する理念や、規制の制定過程における複雑性などの理解が重要と考えられる。
第三は、日本とEUだけではなく、アジア全体を視野に入れた制度連携である。日本企業のサプライチェーンはASEANを中心に広く展開しており、EU規制の影響は日本国内よりもむしろ海外拠点で顕在化する場面も少なくない。そのため、日本がEUとの制度対話を進める際にも、日本国内だけではなく、アジア全体のサプライチェーンをどのようにEU規制へ接続していくかという視点が不可欠になる。その際には、米中摩擦や、中国のサプライチェーン規制への対抗措置にも視野を広げる必要が出てくるかもしれない。
日本はEUが提示するルールを受け入れるだけの存在ではなく、企業やアジアの実情も踏まえながら、国際的なルール形成に主体的に関与していくことが期待される。本特集は、そのような視点から日EU関係を考えるための格好の素材を提供してくれているように思われる。
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平家正博(へいけ・まさひろ)西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 弁護士
2008年弁護士登録。2015年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2015~2016年ブラッセルのクリアリー・ゴットリーブ・スティーン&ハミルトン法律事務所に出向。2016-2018年経済産業省 通商機構部国際経済紛争対策室(参事官補佐)に出向し、WTO協定関連の紛争対応、EPA交渉(補助金関係)等に従事する。現在は、日本等の企業・政府を相手に、貿易救済措置の申請・応訴、WTO紛争解決手続の対応、米中貿易摩擦への対応等、多くの通商業務を手掛ける。















