(第14回)ラテン語格言からマネーを考える:Pecūnia nōn olet/金に臭いはない

竪琴にロバ:ラテン語格言のお話(野津寛)| 2025.02.21
格言といえばラテン語, ラテン語といえば格言. みなさんはどんなラテン語の格言をご存知ですか? 日本語でとなえられる格言も, 実はもともとラテン語の格言だったかもしれません. みなさんは, 知らず知らずに日本語で, ラテン語を話しているかもしれません! 実は, ラテン語は至るところに存在します. ラテン語について書かれた本も, ラテン語を学びたいという人も, いま, どんどん増えています. このコラムでは, ラテン語格言やモットーにまつわるお話を通じて, ラテン語の世界を読み解いていきましょう. (毎月下旬更新予定)

Money の語源

ラテン語で「お金」を意味する単語には, 金属に因む aurum(黄金, 金貨), argentum(銀, 銀貨), aes(銅, 銅貨)と並んで, pecūnia(お金, 金銭)があります. この pecūniaの語源は pecū(家畜, 家畜の群)でした. 家畜が富の物差しであり, 交換価値を明示するために使われた時代の名残でしょう. 英語のcoin も, 仏語の coin(メダルや貨幣の打抜型)を経て, ラテン語の cuneus(楔, 打ち型)に遡ります. 同じく, 英語の money(お金, 貨幣 < 仏語 monnaie)や mint(貨幣鋳造所)の語源が, ラテン語の monēta に遡る単語であることはよく知られています. ラテン語の monēta も, 仏語の monnaie も「造幣所」と「貨幣」の両方の意味で使われる言葉ですが, 英語では money が「貨幣」, mint が「造幣所」です. ラテン語の monēta は,(1)古代ローマの記憶の女神の名前(古代ギリシアの記憶の女神 Mnēmosynē に相当), あるいは,(2)ユピテルの姉妹であり妃でもあった女神ユーノー Jūnō の異名でした. 以下に述べるように, 「造幣所」と「貨幣」を意味するラテン語 monēta の語源は, 直接的には, 後者(2)の Jūnō Monēta に由来するものだったようです.

記憶の女神が monēta「警告する者」(< 動詞 monēre, 警告する, 忠告する)と呼ばれるのは自然なことだったと思われますが, どうしてユーノーが Monēta と呼ばれたかについては, 古代からすでに様々な説明が行われていました. キケロー(Marcus Tullius Cicerō, 前106年~前43年)は, ある地震の際にユーノーの神殿から聞こえた声が, 雌の妊娠した豚を生贄に捧げ, 贖罪することを要求したというエピソードを引用しているので(Cicerō, Dē Dīvīnātiōne 1.101), ユーノーの異名のMonētaも, 記憶の女神の Monētaと同様に, 動詞 monēre(警告する, 忠告する)に由来するものであると考えられていたことが分かります. 動詞 monēre がユーノーの異名 Monēta の語源であるという認識は, 紀元前390年にガリア人がカピトーリーヌスの丘に対して夜襲を行おうとしたとき, 女神ユーノーの神聖な鵞鳥たちがローマの司令官マルクス・マンリウス(Marcus Manlius Capitōlīnus, ?〜前384年)に「警告を発した」という, 歴史家リーウィウス(Titus Līvius, 前59年頃~後17年)が伝えるエピソードの前提にもなっています( Liv. 5.47). これらの通俗語源説の正しさは, 現代の学者たちには疑問視されているようですが, 少なくとも古代人たち自身の Jūnō Monētaに関する認識を反映したものであったと考えて良いでしょう.

それでは, どうして Jūnō Monēta のMonēta が「造幣所」と「貨幣」の意味で使われるようになったのでしょう? 実は, 女神 Jūnō Monēta の神殿は, ローマのカピトーリーヌスの丘(Mons Capitōlīnus)の上に, フォルム(古代ローマの公共広場)を見下ろして建っていたのですが, 古代ローマの最初の造幣所がその神殿の側に作られ, その造幣所が, 女神 Jūnō Monēta にちなんで Monēta と呼ばれたのでした. おそらく, 鋳造に必要な金属や鋳造された貨幣もそこに保管されていたものと見られます. つまり, そこから, その造幣所だけではなく造幣所で作られる鋳造貨幣も monēta と呼ばれるようなったという次第です.

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野津寛(のつ・ひろし)
信州大学人文学部教授。専門は西洋古典学、古代ギリシャ語、ラテン語。
東京大学・青山学院大学非常勤講師。早稲田大学卒業、東京大学修士、フランス国立リモージュ大学博士。
古代ギリシア演劇、特に前5世紀の喜劇詩人アリストパネースに関心を持っています。また、ラテン語の文学言語としての発生と発展の歴史にも関心があり、ヨーロッパ文学の起源を、古代ローマを経て、ホメーロスまで遡って研究しています。著書に、『ラテン語名句小辞典:珠玉の名言名句で味わうラテン語の世界』(研究社、2010年)、『ギリシア喜劇全集 第1巻、第4巻、第8巻、別巻(共著)』(岩波書店、2008-11年)など。