(第13回)墓碑銘のラテン語(エレジー, エピタフ, エピグラム):HIC EGO QUI IACEO TENERORUM LUSOR AMORUM/ここに眠る私は, ささやかな恋の詩に戯れた者

竪琴にロバ:ラテン語格言のお話(野津寛)| 2025.01.21
格言といえばラテン語, ラテン語といえば格言. みなさんはどんなラテン語の格言をご存知ですか? 日本語でとなえられる格言も, 実はもともとラテン語の格言だったかもしれません. みなさんは, 知らず知らずに日本語で, ラテン語を話しているかもしれません! 実は, ラテン語は至るところに存在します. ラテン語について書かれた本も, ラテン語を学びたいという人も, いま, どんどん増えています. このコラムでは, ラテン語格言やモットーにまつわるお話を通じて, ラテン語の世界を読み解いていきましょう. (毎月下旬更新予定)

エレジー

詩のジャンルをあらわす名称のひとつにエレジー elegy というものがあります. この英語の名称の起源は, 究極的には, 古代ギリシア語の ἐλεγεία (elegeia)に遡るものですが, 直接的には, 古代ギリシア語からラテン語に借用された elegia という語形に由来しています. そこで, フランス語の élégie でも, ドイツ語の Elegie でも同様なのですが, 英語のelegy を辞書で引くと, この言葉は「哀歌」,「悲歌」,「挽歌」と訳されている場合が多いようです. エレジー elegy がしばしば近代の詩のタイトルやポピュラーソング, あるいはクラシックの楽曲のタイトルに使われるのは, そのような意味を込めてのことでしょう. さて, その語源である古代ギリシア語のἐλεγεία(elegeia)がすでに「ἔλεγος(elegos, 嘆き)の ᾠδή(ōidē, 歌)」と解釈することができる言葉だったようですが, もともと ἐλεγεία(elegeia)ないし(この単語の派生のもとになった)ἔλεγος(elegos)は, 笛(aulos)の伴奏によって歌われた歌やメロディーを指す名称だったようです.

ところで, 西洋古典文学を学ぶ者にとって elegia(エレギア)とは, 必ずしも「哀歌」,「悲歌」,「挽歌」だけを意味する言葉ではありません. 古代ギリシア・ローマの具体的な文学作品を通じて知られる限り, elegia(エレギア)とは, むしろ, 悲しみや悼み以外の様々な主題も表現できる, 古代ギリシア語のある特定の韻律の名称なのです.

∪∪∪∪∪∪∪∪∪∪ −−
∪∪∪∪ − −∪∪∪∪

「−」は長音節が, 「∪∪」は短音節2つかその代わりに長音節1つが, 各々の詩行のその位置を占めるという意味です. 1行目はホメロス等の英雄叙事詩で用いられる hexametros(hexameter, 6歩格, 6脚詩行)と同じ形です. 2行目は1行目の前半の「−∪∪∪∪ −」となっている部分(hemiepes と呼ばれる詩形)を2回繰り返した形に相当します. この2行目全体は pentametrοs(pentameter, 5歩格)と呼ばれることがあります. 「∪∪」で表した箇所は, 本来は「∪∪」であるものが「−」になることもできるということなのですが, 本来的な

−∪∪ −∪∪ −∪∪ −∪∪ −∪∪ −−
−∪∪ −∪∪ − −∪∪ −∪∪ −

というパターンをもとに2行全体の音節の数を数えると, 2行でちょうど31音節となり, 日本語の短歌と同じ音節数から構成される詩行であることがわかります. しかも, 単語と単語の切れ目が頻繁に現れる箇所 (caesura) と行末を「/」で示すと以下のようになるわけですが,

−∪∪−∪∪−/∪∪−∪∪ /−∪∪−−/
−∪∪−∪∪ − /−∪∪−∪∪ − /

それを「7/5/5/7/7」で表すと, 和歌の「5/7/5/7/7」とよく似ていることがわかります. 実際, 和歌における「/」は, 単語と単語の切れ目が現れる場所(caesura)ないし行末であることからも, 両者はよく似たリズムであると言えそうです.

このように, elegia (エレギア) の韻律は常に2行連句 (couplet) として構成され, それがこの韻律の詩を作るうえでの最小単位となります. このたった2行だけでも完結した, 非常に短い詩になることができますし, あるいは, このひと組の行(2行連句)の韻律を延々と繰り返していくことで, かなり長い詩を作ることもできました. 例えば, アテーナイの政治家・立法家のソローン (Solon, 前639年頃?〜前559年頃) はこの韻律で道徳的な教訓を含む詩を作りました. 古代ローマでは, 恋愛詩人たちが好んでこの韻律の作品を作りました. 古代ローマの風刺詩人たちもこの韻律を使いました. もちろん, 彼らの恋愛詩や風刺詩は, 必ずしも「哀歌」,「悲歌」,「挽歌」というわけではありませんでした.

ラテン語の elegia (エレギア) の韻律で書かれた非常に短い風刺詩の例をひとつあげておきましょう.

Scrībere mē quereris, Velox, epigrammata longa.
Ipse nihil scrībis: tū breviōra facis.

(Martialis, Epigrammata, 1. 110)

−∪∪ −∪∪ −/ −− ∪∪ −∪∪ −−/
−∪∪ − − − / −∪∪ −∪∪ − /

ウェロクス君, 君は私が書くエピグラムは長すぎると文句を言う.
その君自身は何も書かない. (なるほど)君の書くものの方が短いな.

(マルティアーリス, 『エピグラム集』, 1. 110)

というわけで, 今回はこの elegia (エレギア) という詩型が, 「哀歌」,「悲歌」,「挽歌」になるような典型的なケースについて, 多少遠回りになるかとは思いますが, 「格言と碑文」の考察を通じて考えてみることにしましょう.

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野津寛(のつ・ひろし)
信州大学人文学部教授。専門は西洋古典学、古代ギリシャ語、ラテン語。
東京大学・青山学院大学非常勤講師。早稲田大学卒業、東京大学修士、フランス国立リモージュ大学博士。
古代ギリシア演劇、特に前5世紀の喜劇詩人アリストパネースに関心を持っています。また、ラテン語の文学言語としての発生と発展の歴史にも関心があり、ヨーロッパ文学の起源を、古代ローマを経て、ホメーロスまで遡って研究しています。著書に、『ラテン語名句小辞典:珠玉の名言名句で味わうラテン語の世界』(研究社、2010年)、『ギリシア喜劇全集 第1巻、第4巻、第8巻、別巻(共著)』(岩波書店、2008-11年)など。