(第15回)ワインと真実の微妙な関係:in vīnō vēritās/ワインの中に真実がある(第1部)

表題に掲げたラテン語の格言は, おそらく誰もが知っている, 最も有名なラテン語格言のひとつでしょう. まずは簡単に文法をおさらいしておきましょう.
in は奪格と共に使われる前置詞(〜に, 〜の中に). vīnō は「ワイン」を表す中性名詞 vīnum あるいは男性名詞 vīnus の奪格・単数形. 従って, in vīnō は「ワインに, ワインの中に」と訳します. vēritās は女性名詞 vēritās「真実」の主格・単数形で, この文の主語になります. このような格言的な表現においては, 存在を表す動詞 sum の直接法・現在・3人称・単数形 est は省略されることが多いので, 以下のように訳します.
in vīnō vēritās
イン ウィーノー ウェーリタース
(ワインの中に真実がある)
エラスムス『格言集』以来の解釈
この格言は, エラスムスの『格言集』(Erasm. Adagia, I, vii, 17)以来, 人はワインを飲むと気が大きくなり, 口にだして言ってはならないことまでうっかり言ってしまうので, 注意すべきであるという警句として説明されてきました. 「人は酒に酔うとその本性を露呈する(真実を語る)」というほどの意味でしょう. ギリシア語には「青銅は顔を,ワインは心を映す」という格言があります. また, エラスムスは上記の箇所でペルシア人の言葉として「人に真実を語らせるために拷間は必要ない(ワインの方が効果的である)」を紹介しています. in vīnō vēritās が, すでに古代のギリシア語の格言集に収められていた ἐν οἴνῳ ἀλήθεια (en oinōi alētheia) のラテン語訳だとすれば, この格言の意味をきちんと理解するには, やはり古代ギリシアまで遡る必要がありそうです.
ところで, ワインに関する格言は他にもたくさんあります. ワインをテーマにした引用句だけを集めて一冊の本が書かれたという例もかなりあるでしょう. しかし, ワインの格言や引用句を無秩序に集め, ここでそれらを網羅的に紹介しても, あまり面白くなさそうです. そもそもワインは, 格言本や引用句本の世界に閉じ込められ, 矮小化されるべき対象ではなかったのかもしれません. なぜなら, 人類にとって, ワインの歴史は言語や戦争や宗教の歴史と同じくらいに古く, ヨーロッパに限って言えば, ワインの歴史と文学の歴史は表裏一体と言っても良いくらいなのです.
ノアとディオニューソス
たとえば, ワインの発明者は現存する人類の始祖ノアだったという人もいます. より正確には,『旧約聖書』の「創世記」9 章 20-21 節によれば, ノアはワインの「発明者」とは言われていません. もっとも, 「ノアは農夫となり, ぶどう畑を作った. あるとき, ノアはぶどう酒を飲んで酔い, 天幕の中で裸になっていた(新共同訳)」とあるように, 「ぶどう畑を作った」けれど, 「ワインを作った」とも「発明した」とも書かれていないのです. 興味深いのは, ノアにおいても, ワインは裸の露出という失態の原因とされている点でしょう. いずれにせよ, 『旧約聖書』によれば, 現行の人類の始祖はワインを飲む人であり, ワインはそれ以来, 人類の歴史と共にあったということになります. 古代ギリシアの「神話」の世界では, ワインはもちろん酒神ディオニューソス(バッコス)がもたらしたものとされていました. 以下に古代ギリシア・ローマの異教世界の「歴史」からも, 一例をあげてみることにしましょう.
信州大学人文学部教授。専門は西洋古典学、古代ギリシャ語、ラテン語。
東京大学・青山学院大学非常勤講師。早稲田大学卒業、東京大学修士、フランス国立リモージュ大学博士。
古代ギリシア演劇、特に前5世紀の喜劇詩人アリストパネースに関心を持っています。また、ラテン語の文学言語としての発生と発展の歴史にも関心があり、ヨーロッパ文学の起源を、古代ローマを経て、ホメーロスまで遡って研究しています。著書に、『ラテン語名句小辞典:珠玉の名言名句で味わうラテン語の世界』(研究社、2010年)、『ギリシア喜劇全集 第1巻、第4巻、第8巻、別巻(共著)』(岩波書店、2008-11年)など。