金融デジタル化は新たな格差を生む?

海外論文サーベイ(経済セミナー)| 2025.01.31
 雑誌『経済セミナー』の "海外論文Survey" からの転載です.

(奇数月下旬更新予定)

Jiang, E. X., Yu, G. Y. and Zhang, J.(2023) “Bank Competition Amid Digital Disruption: Implications for Financial Inclusion,” Working Paper.
$\def\t#1{\text{#1}}\def\dfrac#1#2{\displaystyle\frac{#1}{#2}}$

小栗洵子

はじめに:デジタル化の負の側面?

われわれはここ数十年、絶え間ない DX (デジタルトランスフォーメーション)、いわゆるデジタル化の波にさらされてきた。金融業界でも、ATM の普及、モバイルアプリの導入、ロボアドバイザーの台頭等、枚挙にいとまがない。金融分野におけるデジタル化は、従来から課題とされてきた金融摩擦の緩和に寄与し、効率性の向上と社会厚生 (welfare) の改善につながると広く信じられてきた。しかし、その恩恵が万人に平等に行き渡るかどうかについては疑問が残る。たとえば過渡期では、デジタル化に適応しづらい高齢者層や、スマートフォンの購入が難しい貧困層にとっては、むしろ利便性が低下し、格差が拡大する可能性もある。

今回紹介する Jiang et al.(2023) 1) は、こうした問題意識を背景に、米国の銀行業におけるデジタル化の進展が消費者の厚生に与えた影響を分析した論文である。本稿では、論文の中から、(i)誘導型アプローチ (reduced form) に基づく実証結果、(ii)その結果をふまえた離散選択モデルを用いた構造推定 (structural estimation) の概要を紹介する。なお、本論文は、実証産業組織論 (実証 IO) のツールを金融分野に応用した「IO-Finance」という近年盛り上がりを見せている分野に位置付けられる2)

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脚注   [ + ]

1. 本稿は、SSRN より 2024 年 11 月 26 日にダウンロードしたバージョンに基づいている (https://papers.ssrn.com/sol3/papers.cfm?abstract_id=4178420)。
2. 「IO-Finance」の近年の論文の分析対象は多岐にわたり、住宅市場 (Buchak et al. 2024; Benetton 2021)、預金市場 (Egan et al. 2017; Xiao 2020)、決済市場 (Wang et al. 2022; Wang 2024) 等が挙げられる。なお IO-Finance に関するサーベイ論文は Clark et al.(2021) を参照。