(第75回)ストックオプションの課税(伊藤剛志)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2025.01.23
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

渡辺徹也「信託型ストック・オプションに関する租税法上の解釈問題」/佐藤英明「信託型ストックオプションの課税関係」

増井良啓他編『中里実先生古稀祝賀論文集 市場・国家と法』より
税務事例研究197号より

定価 23,100円(本体 21,000円)

近年、信託型ストックオプション問題を契機として、あらためてストックオプションの課税が注目を集めている。

一般的なストックオプション(いわゆる税制非適格ストックオプション)では、譲渡制限の付されたストックオプションを役職員に付与し、一定の条件を満たせば、役職員は当該ストックオプションを行使して株式を取得する。勤務先から支給を受ける現物支給の給与は、原則として支給時の給与所得として役職員の所得税の課税対象となるが、現物支給の給与が譲渡制限の付されたストックオプションである場合には、ストックオプションの付与時に所得を認識せず、そのストックオプションを行使したときに、その行使による経済的利益(権利行使により取得した株式の価額(時価)から権利行使の際に払い込んだ行使価額を控除した価額)が行使した日の属する年分の給与所得になるものと理解されている。

定価 990円

他方、租税特別措置法29条の2第1項に規定されている要件を充足するストックオプション(いわゆる税制適格ストックオプション)の場合には、ストックオプションの権利行使によって役職員に生じる経済的利益に課税をせず、当該役職員がストックオプションの行使により取得した株式を譲渡したときに、所得税が課されるものと理解されている。給与所得は、超過累進税率による課税の対象となるため最大55.945%(所得税、復興所得税及び住民税)の税率となる一方、役職員がストックオプションの行使により取得した株式を譲渡したときには、その譲渡益は分離課税の対象となり(租税特別措置法37条の10、37条の11)、20.315%(所得税、復興所得税及び住民税)の税率にて課税されるものと理解されている。以上のような課税上の違いがあるため、限界税率が高い役職員の場合、税制適格ストックオプションの方が軽課税となることが多い。

いわゆる信託型ストックオプションと呼ばれているスキームは、受益者等不存在型の法人課税信託と時価発行の新株予約権を用いるものである。時価発行の新株予約権は、上記の一般的なストックオプションと異なり、新株予約権の発行時に時価相当額の払込みをして新株予約権を取得することから、その新株予約権の行使により株式を取得したときは、新株予約権の取得価額に新株予約権の権利行使価額を加えた価額を当該株式の取得価額と認識し、新株予約権の行使による経済的利益(権利行使により取得した株式の価額(時価)から権利行使の際に払い込んだ行使価額を控除した価額)を、所得税法上、認識しないものと取り扱われている。また、受益者等が存在しないために法人課税信託となる信託は、受益者等が出現した場合には、いわゆるパススルー課税となる受益者等課税信託となり、受益者等は(法人課税信託の)信託財産の取得簿価を引き継ぐものとされている(所得税法67条の3参照)。

信託型ストックオプションは、この時価発行の新株予約権の取扱いと受益者等不存在型の法人課税信託を組み合わせ、概要、①受益者等不存在型の法人課税信託を設定し、当該信託が、発行会社から時価発行による新株予約権を取得する、②発行会社の役職員を当該信託の受益者に指定する、③当該役職員が、受益権の償還として信託財産として管理されていた新株予約権を取得する、④当該役職員は新株予約権を行使して発行会社の株式を取得する、という手順をとる。この場合、当該役職員が権利行使するのは時価発行の新株予約権であることから、当該役職員は、新株予約権の権利行使時に新株予約権の権利行使による経済的利益を認識しないこととなり、当該権利行使により取得した株式を譲渡したときに、その譲渡益が20.315%(所得税、復興所得税及び住民税)の分離課税の税率にて課税される、と有力に主張されてきた。しかし、国税庁は、2023年5月に「ストックオプションに対する課税(Q&A)」(以下「国税庁Q&A」)1)を公表し、信託型ストックオプションにおいても、役職員が新株予約権の権利行使時に新株予約権の行使による経済的利益について給与所得として課税される旨の見解を示し、信託型ストックオプションを開発したとする弁護士との間で見解が対立している 2)

このような信託型ストックオプションの議論に関連して、近時、学界から、時価発行の新株予約権において、その権利行使時に経済的利益に課税しない理論的な根拠がどこにあるのか、という問題が提起されているように思われる。渡辺徹也・早稲田大学法学学術院教授の標記の論稿は、時価発行の新株予約権においても、所得税法36条2項をストレートに適用すれば、行使時における経済的利益は収入金額に含まれることになるであろうとの理解のもと、国税庁Q&Aにおいて、所得税法施行令109条1項1号の有価証券の取得価額に関する規定を根拠に、所得税法上、経済的利益を認識しないこととなるという解釈に疑問を呈されている。佐藤英明・慶應大学大学院法務研究科教授も、標記の論稿にて同様の疑問を呈されるとともに、行政先例法の成立の可能性を示唆している。

これは、よくよく考えると、かなり奥の深い問題かもしれない。時価発行の新株予約権は将来の一定の時期に一定の価額で発行会社の株式を取得することができる権利に対して対価を支払うものであるが、同様の取引は、買主が解約手付放棄により解除可能な株式売買契約といった法律構成でも実現できそうである。このような売買契約においても、株式売買契約の決済時における当該株式の時価が買主の実際の支払金額よりも高い場合には、株式売買契約の決済による経済的利益を認識することとなるか。新株予約権(あるいはストックオプション)であるがゆえに、行使時の経済的利益が問題となるのか。取得する資産が株式か、その他の資産か、といった違いにより結論が異なるか。問題の根源は、所得課税における所得の実現・認識の解釈にあるように思われ、議論の射程とその外延を考え始めると、悩ましい。

本論考を読むには
・市場・国家と法 — 中里実先生古稀祝賀論文集 購入ページへ
・「税務事例研究」 197号 購入ページへ


◇この記事に関するご意見・ご感想をぜひ、web-nippyo-contact■nippyo.co.jp(■を@に変更してください)までお寄せください。


この連載をすべて見る

脚注   [ + ]

1. 国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」【PDF】(令和5年5月(最終改訂令和5年7月))
2. 「ストックオプション、信託型は「給与」か? 当事者に聞く」2023年6月12日日本経済新聞電子版。

伊藤剛志(いとう・つよし)
1999年東京大学法学部第一類卒業。2000年西村総合法律事務所(現:西村あさひ法律事務所・外国法共同事業)入所。2007年ニューヨーク大学ロースクール卒業(LL.M.)。2016年より2019年まで東京大学大学院法学政治学研究科・客員准教授。主な業務分野は、税務、資産運用・金融取引。主な著書として、『デジタルエコノミーと課税のフロンティア』(共編著、有斐閣、2020年)、『BEPSとグローバル経済活動』(共編著、有斐閣、2017年)、『ファイナンス法大全(上)・(下)〔全訂版〕』(共著、商事法務、2017年)等。