(第57回)憲法というわたしたちのおおきな木(平沼直人)

私の心に残る裁判例| 2023.02.22
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

砂川事件大法廷判決

日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反被告事件――砂川事件上告審判決

最高裁判所昭和34年12月16日大法廷判決
【判例時報208号10頁掲載】

昭和32年7月8日、駐留米軍立川飛行場(東京都下砂川町)の拡張計画をめぐって、砂川闘争を展開していた集団が境界柵を引き抜き、約300名が基地内に僅かに入った。

9月22日、23名が旧安保条約第3条に基づく行政協定に伴う刑事特別法2条違反容疑で逮捕され、10月2日、7名が起訴された。

東京地裁昭和34年3月30日判決(判時180号2頁)は、駐留米軍は憲法9条に違反し、違憲であるから憲法31条により無効であるとして、被告人らを無罪とした(裁判長伊達秋雄)。

この伊達判決に対し、検察は刑訴規則254条1項に基づき、跳躍上告した。

最高裁は、次のとおり述べて、原判決を破棄し、本件を東京地裁に差し戻した。

「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。すなわち、われら日本国民は、憲法9条2項により、同条項にいわゆる戦力は保持しないけれども、これによつて生ずるわが国の防衛力の不足は、これを憲法前文にいわゆる平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼することによつて補ない、もつてわれらの安全と生存を保持しようと決意したのである。そしてそれは、必ずしも原判決のいうように、国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事的安全措置等に限定されたものではなく、わが国の平和と安全を維持するための安全保障であれば、その目的を達するにふさわしい方式又は手段である限り、国際情勢の実情に即応して適当と認められるものを選ぶことができることはもとよりであつて、憲法9条は、わが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることを、何ら禁ずるものではないのである。」

『おおきな木』(The Giving Tree)という絵本がある(シェル・シルヴァスタイン作、本田錦一郎訳、1976年、篠崎書林)。2010年には、村上春樹の翻訳が出て(あすなろ書房)、話題にもなった。

昔、大きなりんごの木があって、少年と木は仲良しだった。少年は、木が大好きだった。だから、木もうれしかった。少年は思春期になって、木と遊ばなくなった。

ある日、青年になった少年がひょっこりやって来て、「お金が欲しい」と言うので、木はりんごの実を与えた。りんごの実はひとつもなくなったけれど、木はそれでうれしかった。それから少年は長い間、来なかったので、木は悲しかった。

ある日、壮年になった少年がひょっこり戻って来て、「家が欲しい」と言うので、木は枝を与えた。枝はひとつもなくなったけれど、木はそれでうれしかった。それから男は長い間、来なかったので、木は悲しかった。

ある日、中年になった男がひょっこり戻って来たので、木はとってもうれしかった。男が「舟が欲しい」と言うので、木は幹を切り倒させた。木はそれでうれしかった…だけど、ほんとうかな(And the tree was happy. . .but not really)。長い年月が流れた。

ある日、年老いて男は帰って来た。木は言った。「ごめんね、ぼうや、もうなにもあげられなくて」。男は言った。「もう欲しいものはない」。男は静かに切り株に腰を掛けた。木はそれでうれしかった。

憲法9条の戦争放棄をはじめとして、14条の法の下の平等、25条の生存権の保障、そうした高邁な理想を謳った日本国憲法という“おおきな木”から、わたしたちは、たくさんの恵みを受け、なのにときとして傷つけ、そうしてなんとかここまでやって来た。

憲法改正をして、切り株は残るだろうか。そのとき、しあわせだろうか。それでうれしいだろうか。


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平沼直人(ひらぬま・なおと 弁護士・日本体育大学教授)
1965年生まれ。著書に、『医師法――逐条解説と判例・通達〔第2版〕』(民事法研究会、2021年)、『典型判例シリーズ 実務理論事故法大系Ⅱ 労働事故』(共編、保険毎日新聞社、2022年)など。