(第56回)契約法理と立法の展開の狭間(新屋敷恵美子)
【判例時報社提供】
(毎月1回掲載予定)
パナソニックプラズマディスプレイ(パスコ)事件
請負人と雇用契約を締結し注文者の工場に派遣されていた労働者が注文者から直接具体的な指揮命令を受けて作業に従事していたために、請負人と注文者の関係がいわゆる偽装請負に当たり、上記の派遣を違法な労働者派遣と解すべき場合に、注文者と当該労働者との間に雇用契約関係が黙示的に成立していたとはいえないとされた事例
最高裁判所平成21年12月18日第二小法廷判決
【判例時報2067号152頁掲載】
労働法の分野で、裁判官が担うべき役割とは何か。市民法の限界を克服するものとして理解される労働法の分野では、とりわけ事業者側が一方的に設定する契約関係を前提にして、労働法規制を適用していては、折角の規制も画餅に帰する。この分野では、裁判官は、労働者の実態や法規制の趣旨を敷衍し、創造的な契約解釈や法解釈が求められるべきではないか。本件は、偽装請負により注文者Yでの業務に従事していた(させられていた)労働者Xが、Yとの間に黙示の労働契約が成立していたとして、雇用契約上の地位確認等を請求した事件であり、裁判所は、まさにそうした解釈に取り組むことを、様々な方面から期待されていたように思われる。
大阪地裁(大阪地判平成19年4月26日労判941号5頁)は、Xの不法行為請求を認めたのみであったが、大阪高裁(大阪高判平成20年4月25日判時2010号141頁)は、Yと請負人Aとの間の業務委託契約とA・X間の雇用契約が、職業安定法44条(労働者供給事業の禁止)等に違反し、公序良俗に違反して無効であるとした上で、無効な「各契約にもかかわらず継続した」X・Y間に認められる指揮命令等の「実体関係を法的に根拠づけ得るのは」、両者間の労働契約のほかないとして、X・Y間の黙示の労働契約の成立を認め、Xの地位確認請求等を認容した。
当時、リーマンショックの影響から派遣切りなどの派遣労働者の問題が非常に注目されていたが、最高裁は、大阪高裁の判断を覆し、不法行為請求の判断を維持するのみであった。すなわち、偽装請負の状況があったとしても、注文者と労働者との間に雇用契約がなければ、注文者、請負人、労働者の関係は労働者派遣に該当するのであって、当事者間の関係が派遣法に違反するものであっても、「特段の事情のない限り、そのことだけによっては派遣労働者と派遣元との間の雇用契約が無効になることはない」とした上で、X・Y間に黙示の労働契約の成立は認められないとした。こうして、高裁判決の労働法規制違反を梃子とした労働契約の成立論は否定された。
興味深いことに、比較的同時期に、イギリスでも、同様に派遣関係をめぐり、控訴院が、上記大阪高裁判決のように意思解釈を駆使して黙示の雇用契約の成立を認める判断を示すことがあった。しかし、結局、その後、当該判断を示した控訴院裁判官自身が、コモン・ロー契約法に忠実に判断すべきことを示し、この場面での黙示の雇用契約の可能性は急速にしぼんでいった。
こうしたイギリス法の展開から、当時大学院生だった私は、本件の最高裁判決の採った解釈は、理論的には肯定されるべきものであると評価し、また、そうした研究報告もした。他方で、研究会等でもやや批判的に(というよりも冷ややかに?)示唆されたように、労働者にとっての労働法規制の意義の乏しさは拭い難く、また、研究の側で、契約論と立法規制との接続やその全体をどのように展望すべきかを問われているようで、「理論的には肯定されるべきだが……」と、本判決がずっと心に引っかかってきたように思う。
日本では、その後、派遣法40条の6(派遣先の労働契約の申込みのみなし規定)の導入により一定の立法的な解決が図られ、現在、同条の解釈が議論となっている(東リ事件・大阪高判令和3年11月4日労判1253号60頁など)。おそらく、本件で、最高裁は、大阪高裁の意思解釈として目一杯の試みを受けても、問題の解決を、契約法理(意思解釈)にではなく、立法に委ねるべきと判断したのであろう。だとすれば、改めて、契約法を基礎としつつも、その限界をしっかりと踏まえた、労働法規制の意義を、法解釈としても労働法全体のあり方としても、検討したいと感じている。
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新屋敷恵美子(しんやしき・えみこ 九州大学准教授)1982年生まれ。山口大学准教授を経て現職。
著書『労働契約成立の法構造:契約の成立場面における合意と法の接合』(信山社、2016年)、論文「働き方の変化と労働法規制の意義と限界:イギリスにおける労務提供契約の不確定化に起因する諸問題を素材として」民商法雑誌156号1巻4頁(2020年)など。