侮辱罪の立法過程から見た罪質と役割:侮辱罪の法定刑引き上げをめぐって(嘉門 優)(特集:言論に対するゆるしと制裁)

特集から(法学セミナー)| 2021.11.22
毎月、月刊「法学セミナー」より、特集の一部をご紹介します。

(毎月中旬更新予定)

◆この記事は「法学セミナー」803号(2021年12月号)に掲載されているものです。◆

特集:言論に対するゆるしと制裁

近年、インターネット上での誹謗中傷が後を絶たず、テレビ番組出演者がこのことを原因として自殺するに至った事件をはじめ、社会的に大きな問題となっています。
このような現状をふまえて、法制審議会においては、侮辱罪の法定刑見直しが議論されています。
また、こうした匿名性のある誹謗中傷による権利侵害が早期に解決されるよう、プロバイダ責任制限法が2021年4月に改正されました。
そこで本特集では、各法律分野からの検討・課題の提示をもとに、現代ネット社会における言論のあり方を考察します。

――編集部

1 はじめに

2021年9月、法務大臣は法制審議会に対し、侮辱罪(231条)の改正に関する諮問を行った。その内容は、「拘留又は科料」とされている法定刑を「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に引き上げるというものである。この諮問の背景として、近時、インターネット上の誹謗中傷が社会問題化していることを契機として、誹謗中傷に対する非難が高まるとともに、こうした行為を抑止すべきとの国民の意識も高まっているとされる1)。しかし、ネット上の誹謗中傷による重大な被害に刑法上の対応が必要であるとしても、侮辱罪の法定刑引き上げが適切な方策と言いうるのだろうか2)。実は、侮辱罪の法定刑引き上げの改正提案は今回がはじめてではなく、何度か試みられてきた。現行法上、侮辱罪は名誉に対する罪として位置づけられ、通説は、本罪の保護法益を名誉毀損罪(230条1項)と同じく、外部的名誉であると理解する3)。しかし、立法過程や改正提案時の論議を詳細に検討すると、侮辱罪の罪質や期待されてきた役割はかなり多様なものが見えてくる。本罪の罪質の精確な理解を踏まえなければ、法定刑の引き上げによって、思っても見ない副次的効果が発生しかねない。そこで、本稿は、侮辱罪の罪質、果たしてきた役割等を明らかにしたうえで、今次の立法提案を検討することとしたい。

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脚注   [ + ]

1. 法制審議会第2回会議で採決が行われ、要綱(骨子)【PDF】のとおり法整備をするのが相当である旨法制審議会(総会)に報告することが決定されたとのことである。議事録は未公表(2021年10月16日現在)。
2. 疑問を示す見解として、西貝吉晃「サイバーいじめと侮辱罪法時93巻10号(2021年)2頁以下。
3. 大塚仁『刑法概説(各論)〔第3版補正版〕』(有斐閣、2005年)134頁、山口厚『刑法各論〔第2版〕』(有斐閣、2010年)149頁、西田典之=橋爪隆『刑法各論〔第7版〕』(弘文堂、2018年)134頁以下、浅田和茂『刑法各論』(成文堂、2020年)158頁以下、井田良『講義刑法学・各論〔第2版〕』(有斐閣、2020年)183頁、松原芳博『刑法各論〔第2版〕』(日本評論社、2021年)139頁以下、高橋則夫『刑法各論〔第3版〕』(成文堂、2018年)167頁以下など。