サイバーいじめと侮辱罪(西貝吉晃)

法律時評(法律時報)| 2021.08.30
世間を賑わす出来事、社会問題を毎月1本切り出して、法の視点から論じる時事評論。 それがこの「法律時評」です。
ぜひ法の世界のダイナミズムを感じてください。
月刊「法律時報」より、毎月掲載。

(毎月下旬更新予定)

◆この記事は「法律時報」93巻10号(2021年9月号)に掲載されているものです。◆

1 木村花さんの自殺

ネット上の言葉の暴力が凄惨な結果である被害者の死に結びつくことがある。多数の言葉の暴力により、被害者は、そう思う必要がないのにもかかわらず、その存在価値を否定されたように感じる。被害者の自殺は、他者により自己評価が徹底的に侵害された結果だともいえる。こうした事象に対処できる刑罰規定が、我が国の刑法体系上、整備されているといえるだろうか。

恋愛リアリティー番組「テラスハウス」に出演し、2020年5月23日に自ら命を絶ったプロレスラー木村花さんの自殺の原因は、ネット上での誹謗中傷によるものであった。自殺前の2020年3月~5月の木村さんを中傷・批判するツイッターの投稿は約200アカウント、約300件に上り(日経新聞2020年12月17日付夕刊11頁)、この事件に対しては、「性格悪いし、生きてる価値あるのかね」「いつ死ぬの?」などと匿名で5月14日から22日ころに8回書込んだ者(2021年3月31日付毎日新聞東京朝刊28頁)や「死ねやくそが」「きもい」などと4月8日に4回書き込んだ者(2021年4月7日付毎日新聞西部朝刊25頁)に対し、侮辱罪を適用した上での解決(いずれも科料9000円)が図られたようである。刑法231条の侮辱罪の法定刑は拘留または科料であり、刑法典では最も軽い。事件の重大性に鑑みれば、同罪の重罰化の立法論が出てくることは理解できる。明治時代に作られた侮辱罪はネット上の中傷を想定していない(2021年5月24日日経新聞朝刊34頁〔曽我部真裕発言〕)。

しかし、罰則の強化を検討する際に立法事実から論証される侮辱罪の法定刑を重くすべき行為の範囲と現行の侮辱罪の処罰範囲とが一致しないとしたら、侮辱罪の法定刑を即重くすることには慎重になるべきである。より重い名誉毀損罪との関係での限界事例も少なくない等としてその法定刑の引上げが検討されたこともあるが実現していない(改正刑法草案316条〔1年以下の懲役もしくは禁固又は10万円以下の罰金〕等、法制審議会刑事法特別部会『改正刑法草案附同説明書』239頁〔1972年〕参照)。また、罰則強化に伴って生じ得る政治的言論に対する萎縮効果への懸念もある(2020年6月22日付毎日新聞東京朝刊4頁〔木村草太発言〕)。

むしろ、冒頭の事案類型は、いわゆるサイバーいじめ(ネットいじめ)である。そこで本稿では、2でサイバーいじめの特徴を考え、続く3でこれと侮辱罪との関係を検討し、最後に4でどのような犯罪類型の利用が上記の事件の適切な解決の観点から妥当なのか、について試論を述べ、立法論のきっかけをつくりたい。

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