憲法精査不在の天皇代替わり(横田耕一)

法律時評(法律時報)| 2019.05.31
世間を賑わす出来事、社会問題を毎月1本切り出して、法の視点から論じる時事評論。 それがこの「法律時評」です。
ぜひ法の世界のダイナミズムを感じてください。
月刊「法律時報」より、毎月掲載。

(毎月下旬更新予定)

◆この記事は「法律時報」91巻6号(2019年6月号)に掲載されているものです。◆

1 はじめに

本掲載号が発行時には、既に天皇代替わりの儀式のうち、退位関係の諸儀式は終わり、元号は制定済みであり、新天皇の即位の儀式も既に幾つか行われている。2016年7月のNHKによるスクープに始まった天皇「退位」騒ぎは、マスコミの煽りもあっていまや最高潮を迎えており、「平成最後の…」とか、「令和最初の…」といった言葉が飛び交っている。国民の間から聞こえる声も、明仁天皇・美智子皇后に対する礼賛や感謝の言であって、こうした事態を疑う声は殆んど皆無である。実際、放送文化研究所の調査をみても、裕仁天皇の末期の1988年には天皇に対して「尊敬の念をもつ」「好感をもつ」あわせて50%で「特に何とも感じていない」が47%(反感2%)であったのに比べて、2018年の調査では前2者合計は77%で後者は22%と激減しており、「反感をもつ」者にいたっては0%という数字を示している。こうして明仁天皇が作り上げた「象徴天皇像」は国民の圧倒的な支持・共感を受けており、この状況に異論を投じる者は昔であれば「非国民」視されかねないが、ここで形成された「象徴天皇像」は日本国憲法の創造しようとした像なのであろうか。憲法を学ぶ者としては、一石を投じざるをえない。そこで、ここでは、さしあたり、今回の代替わりに焦点をあてて、憲法上問題として特に論議の的とすべきだと考える点をあげてみることにする。

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