#悪しき隣人タグ 記事一覧

悪しき隣人―ようこそ法格言の世界へ(柴田光蔵)| 2019.03.14

(第7回)これはなんらわれわれには関係せず、キケローに関係する

Nihil hoc ad nōs, ad Cicerōnem. 前1世紀の法学者アクィーリウス・ガッルスの言葉。 キケローは、多才な人として歴史に名をとどめるほどの人物であるが、この格言めいた[…]
悪しき隣人―ようこそ法格言の世界へ(柴田光蔵)| 2019.02.15

(第6回)よき法律家は悪しき隣人

A good lawyer is an evil neighbour. 英語あるいはドイツ語での表現が日本人には親しまれているが、この種の格言は、欧米の各地でも見られるので、万国共通のものと言ってさ[…]
悪しき隣人―ようこそ法格言の世界へ(柴田光蔵)| 2019.01.18

(第5回)政治は法律に適合させられるべきである

Polītīae lēgibus adaptandae sunt. 出典は不明であるが、おそらく比較的新しいものであろう。 これは、政治が法律に従ってとり行なわれるべきであるという近代政治のル[…]
悪しき隣人―ようこそ法格言の世界へ(柴田光蔵)| 2018.12.18

(第4回)理の嵩じたるは非の一倍

「北条氏直時代諺留」および「世話尽」に見えるもの。簡単に「理が非になる」とも言う。 理も度がすぎれば、かえって非におちいる、ということか。この点については同趣旨のラテン語格言の方が圧倒的に有名で[…]
悪しき隣人―ようこそ法格言の世界へ(柴田光蔵)| 2018.11.20

(第3回)非理法権天

一見すると中国語風であるが、滝川政次郎氏のご研究によると、これは、メイド・イン・ジャパンで、南北朝時代の楠木正成の軍旗に印されていたという言い伝えもあやしく、江戸時代初期のものだそうである。太平洋戦争[…]
悪しき隣人―ようこそ法格言の世界へ(柴田光蔵)| 2018.10.24

(第2回)法は善および衡平の術である

Jūs est ars bonī et aequī. 2世紀のローマ法学者ケルススの文章で、6世紀には学説として法文にまでなっている。 2~3世紀の法学者ウルピアーヌスにも、同じように法文化さ[…]
悪しき隣人―ようこそ法格言の世界へ(柴田光蔵)| 2018.09.27

(第1回)市民法における定義はすべて危険である

Omnis dēfīnītiō in jūre cīvīlī perīculōsa est. 1~2世紀のローマ法学者ヤウォレーヌスの文章で、6世紀には学説法として法文にまでなっている。 […]
悪しき隣人―ようこそ法格言の世界へ(柴田光蔵)| 2018.09.27

(第0回)はしがき

(本記事は、柴田光蔵『法格言ミニ辞典 法学入門への一つの試み』所収の「はしがき」の転載です。記事内の表現は、原文のまま掲載しています。) この別冊付録で、表題が示すように、法格言を媒体として法学[…]