(第3回)人の不幸は蜜の味、ではない — なぜ私たちは不幸に惹かれるのか

世界の心理学研究ノート(綿村英一郎)| 2026.06.15
今日も人の心をめぐる実験や調査が世界中で行われています。その結果は,私たちの日常や社会をどう照らしているのでしょうか? 本連載では,国内外の心理学研究を手がかりに「人はなぜそう考え,そう振る舞うのか」を考えます。難解に見える研究をできるだけ平易な言葉で紹介しつつ,心理学者である筆者がその面白さ,応用の可能性,違和感,限界などについて率直にお話しします。研究は万能な答えではなく,思考を広げるヒントです。研究室と日常のあいだを行き来しながら,心の世界を一緒に探りましょう。

(毎月中旬更新予定)

悲しい事故のニュースをつい最後まで読んでしまう。SNS で炎上している話題を「よくないな」と思いながらも追いかけてしまう。あるいは,悲しい結末になると分かっている映画をあえて選んで観てしまう。そんな経験はないでしょうか? 本来であれば,私たちは楽しいものや心地よいものを求めるはずです。わざわざ不快な気持ちになるような情報を自分から選ぶ理由はほとんどないようにも思えます。それでも現実には,見たくないのに見てしまうという不可思議な行動が日常のあちこちで見られます。こうした現象は「人の不幸は蜜の味」といった言葉で説明されることもありますね。しかし,本当に私たちは不幸を楽しんでいるのでしょうか。それともそこにはもう少し別の理由があるのでしょうか。今回は,なぜ人はネガティブな話に惹かれるのかという問いを,心理学の研究を手がかりに考えていきます。

ネガティブな情報を知ろうとする行動はそもそも奇妙です。私たち人間は日常的に,不安や恐怖,悲しみといったネガティブな感情を避けようとするからです。危険な場所を避け,嫌な出来事から距離を取り,忘れようとする,自分には起こらないと信じようとする……これらはごく自然な反応です。にもかかわらず,ニュースや映像といった,安全な距離が確保できる場面では,むしろそうしたネガティブな情報に自分から近づいていきます。要するに,私たちは「避けたい」と「知りたい」という相反する動機を同時に持っていることになります。ネガティブな出来事は不快であるはずなのに,同時になぜか気になってしまう。この矛盾した感覚こそが,不幸な話に惹かれるという現象の出発点です。ではこの矛盾した行動はどのように説明できるのか? 実際にこの問いを実験的に検証した研究があります。

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綿村英一郎(わたむら・えいいちろう)
大阪大学大学院 人間科学研究科 教授。
東京大学文学部卒業。公務員として数年勤務したのち大学院に進学,博士号取得(東京大学大学院,2012年)。慶応義塾大学で特別研究員,東京大学で助教を経て,2017年4月に大阪大学に准教授として着任。2025年4月から現職。研究テーマは安楽死法,AIと法,児童虐待,少年法など司法と心理学の結節点に展開する諸問題。論文,学会発表は多数(参考URL:https://researchmap.jp/watamuraeiichiro

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