同じ姓の人とする婚姻—その意味を考える(山野目章夫)(連載:民法と戸籍 第1回)
連載紹介(法学セミナー)| 2026.04.22
隔月刊「法学セミナー」の連載より、お勧めの回をご紹介します。読んで興味を持たれたら、ぜひ本誌を手に取ってみてください。(不定期更新予定)
◆この記事は「法学セミナー」843号(2025年4・5月号)に掲載されているものです。◆
連載開始にあたって
民法と戸籍という連載を始めます。きっと皆さん、自分の戸籍を見た経験があるでしょう。ざっと見て、まあ、知っていることが記されていると感じますね。これから自分や家族に起こる出来事がどう記載されていくか興味も湧きます。戸籍を考え始めて民法がよくわかる、ということだってあるかもしれません。いや、きっとあります。そのアングルから、この連載を進めてみましょう。民法の規定は、法律の名称を掲げないで引くことにします。
750条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定める。
では、たまたま婚姻をしようとする者らの婚姻前の氏が、となえかたが同じであるとすると、その同一のとなえかたの氏を称する婚姻となることが明らかであるから、氏を「婚姻の際に定める」ということをしなくてよいようにも思われるが、どうか。
では、たまたま婚姻をしようとする者らの婚姻前の氏が、となえかたが同じであるとすると、その同一のとなえかたの氏を称する婚姻となることが明らかであるから、氏を「婚姻の際に定める」ということをしなくてよいようにも思われるが、どうか。
1 婚姻とは何か

判例は、婚姻が成立するためには実質的婚姻意思が必要であり、いうところの実質的婚姻意思とは、「当事者間に真に社会観念上夫婦であると認められる関係の設定を欲する効果意思」であるとする(最判昭和44・10・31民集23巻10号1894頁)。社会観念上ということは、社会の人々が考えているところ、社会における意識、理解とされているところのもの、という意味である。
もっともな説明であるとも感じられるが、人々が婚姻であると考えているところのものが自明のこととされて、内容が示されていないから、それが何であるか、を探求しなければならない。しかも、人々が婚姻であると考えているものは時代によっても異なる。さらに厄介なことには、同じ時代であっても、人々が婚姻であると考えるものについて意見が分かれる局面もみられる。
現在の日本の社会における意識を踏まえると、「少なくとも相互独占的な性関係を持って同居し、相互扶助する生活関係を伴う」関係(福岡地判平成5・10・7判時1483号102頁)という理解を想定して考察を進めることは、ひとまず許されるところであろう。













