(第1回)赤信号を渡らせるのは誰か?――集団が倫理を狂わせる条件
今日も人の心をめぐる実験や調査が世界中で行われています。その結果は,私たちの日常や社会をどう照らしているのでしょうか? 本連載では,国内外の心理学研究を手がかりに「人はなぜそう考え,そう振る舞うのか」を考えます。難解に見える研究をできるだけ平易な言葉で紹介しつつ,心理学者である筆者がその面白さ,応用の可能性,違和感,限界などについて率直にお話しします。研究は万能な答えではなく,思考を広げるヒントです。研究室と日常のあいだを行き来しながら,心の世界を一緒に探りましょう。(毎月中旬更新予定)
今日も人の心をめぐる実験や調査が世界中で行われています。その結果は,私たちの日常や社会をどう照らしているのでしょうか?「世界の心理学研究ノート」では,国内外の心理学研究を手がかりに「人はなぜそう考え,そう振る舞うのか」を考えます。難解に見える研究をできるだけ平易な言葉で紹介しつつ,心理学者である筆者がその面白さ,応用の可能性,違和感,限界などについて率直にお話しします。研究は万能な答えではなく,思考を広げるヒントです。研究室と日常のあいだを行き来しながら,心の世界を一緒に探りましょう。
「赤信号みんなで渡れば怖くない」と言いますね。今回は,特殊詐欺や企業の不祥事など,他人と一緒にやることで犯罪や不正が促進されやすくなる現象について,その心理メカニズムに関連する研究を紹介します。
「同調」と呼ばれる集団心理はご存じでしょう。古典的な研究としては,見本と同じ長さの棒を選ばせるという実験があります(Asch, 1951)。参加者に「1番,2番,3番の棒の中から,見本の棒と同じ長さのものを選んでください」と指示します。ここで,参加者が答える前にサクラの数名が「2番」と連続で答えます。そうすると,参加者はその同調圧から「2番」と答えるようになります。見本の棒とは明らかに違う長さの棒であってもです。「そんなこと現実に起こるの?」といぶかしがる読者もいるかもしれません。さすがに棒の長さを答えさせるといった課題では起きにくいでしょう。しかし,「お祭りでどんな出し物をするのか」のように適当な解が複数考えられる課題,裁判員にとっての量刑判断のように非日常的な課題ではその可能性がぐっと高まります。ただし,こうした現象に共通して言えるのは,本心の変化を必ずしも伴っているわけではないという点です。「本当は3番が正しいのに」とか「演劇推しだけど屋台でもしょうがない」のように内心では違う答えを持っていても,周りにただ合わせているだけです。犯罪や不正の文脈に置き換えれば,「本当は間違っていることをやっている」と思っていても,悪事に手を染めてしまうような状況です。この場合,「悪いことは悪い」とちゃんと認識されていることがほとんどです。
しかし,Wiltermuth(2011)の実験によれば,条件によっては本心の変化,つまり悪い行為そのものを「倫理的に許容される」と都合よく再解釈しやすくなることが明らかにされています。その条件とは,不正によってもたらされる利益の共有性です。結論を先取りすれば,人は「自分だけが得をする不正」より「他者と利益を分け合う不正」のほうを心理的に正当化しやすく,不正行動を起こしやすいのです。
1つ目の実験は架空の投資話に関するシナリオを使ったものでした。参加者は「新しい投資家からお金を集めることで利益を得るが,実際にはそのお金は正当に運用されない」という,いわば詐欺に近い状況を想定するよう求められました。そして参加者は2つの条件のいずれかに割り当てられました。一方は「自分だけが利益を得る条件」,もう一方は「自分と他の投資家が一緒に利益を得る条件」です。その上で,参加者は「その行為がどれくらい道徳的か」,「どれくらい利己的か」,「実際に(参加者自身が)その行動をとると思うか」を評価しました。実験の結果,他者と利益を分け合う条件の参加者は,その詐欺的な行為を「それほど不道徳ではない」「あまり利己的ではない」と評価する傾向が強く,実際に「その行為をする」と答える割合も高いことが示されました。さらなる分析の結果,他者と利益を分け合うことは不道徳だという認識を弱め,その結果として不正行為が選ばれやすくなるというメカニズムが明らかになりました。
さらに2つ目の実験では,現実的な不正行為を用いた検証が行われました。参加者は単語の並べ替え課題に取り組み,正解数に応じて報酬を得られると説明されました。ただし,そこには実際には解けない問題が一部含まれていました。そこがこの実験の面白いところです。解けない問題を「解けた」とごまかして申告すれば不正に報酬を得られる仕組みだったのです。実験条件には,自分だけが報酬を得る条件,自分と友人が報酬を分け合う条件,自分と見知らぬ他人が分け合う条件,自分以外の他人だけが得をする条件などが複数設定されました。結果として,他者が報酬を分け合う条件では,自分だけが得をする条件よりも不正行動が有意に多く見られました。利益を共有する他者は友人に限らず,見知らぬ他人でも不正が増加しました。その一方で,自分が全く得をしない条件では不正はあまり起こりませんでした。以上の結果をまとめると,人は「自分も得をしつつ他者のためにもなる」と感じる状況において,不正を正当化しやすくなるということが示唆されます。
今回紹介したWiltermuth(2011)の研究にはもちろん限界や問題点もあります。この研究で用いられた不正行動は単語並べ替え課題や仮想的な金銭報酬など,現実社会における不正行為に比べてリスクや深刻さが非常に低いものです。そのため,参加者は「少しズルをする」程度の感覚で行動しており,ニュースで取り上げられる犯罪や不祥事のような重大な倫理違反と同じ心理がはたらいているとは限りません。本研究の示唆を現実の不正行為や犯罪にそのまま適用するには慎重さが必要でしょう。また,「他者のため」という動機の内実も十分に区別されていません。つまり,参加者が「他人を助けたい」と思ったのか,「そう言えば罪悪感が減る」と感じただけなのかが測定上区別されていない点が理論的な弱点です。
しかし,以上の限界や問題点を差し引いても,Wiltermuth(2011)の実験には3つほど注目すべきポイントがあると私は思います。(1)表面上の同調ではなく,その人の倫理的基準そのものが変化しうるという点。(2)自分の取り分が減るのに不正するという,利得の最大化では合理的に説明できない行動であるという点。(3)「他者を助けたい」といった共感や利他性ではなく,「助けているように見える自分」 が重要であるという点です。これら3点は犯行や不正をする時点における責任能力にも関わってきそうです。他者と利益を分け合う場合におかれたことにより,その時点では本人には大した悪気もなかったという可能性が示唆されるからです。もちろん,事件後本人に内省を求めたり,他者視点で評価すれば,倫理的基準が一時的に変わっていたなど及びもつかないかもしれません。しかし,倫理的基準そのものが一時的にでも変わることはおそらく誰にでも起こりうるのです。
想像してみてください。書類の数字を少し書き換えるだけ,それはみんなが黙認しており,あなただけでなく組織全体が助かる……そんな場面に置かれたとき,あなたは本当に「自分だけは違う」と言えますか?
参考文献
Asch, S. E. (1951). Effects of group pressure upon the modification and distortion of judgments. In H. Guetzkow (Ed.), Groups, leadership, and men (pp. 177–190). Pittsburgh, PA: Carnegie Press
Wiltermuth, S. S. (2011). Cheating more when the spoils are split. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 115(2), 157–168.
◆この記事に関するご意見・ご感想をぜひ、お問い合わせフォームよりお寄せください。
この連載をすべて見る
綿村英一郎(わたむら・えいいちろう)大阪大学大学院 人間科学研究科 教授。
東京大学文学部卒業。公務員として数年勤務したのち大学院に進学,博士号取得(東京大学大学院,2012年)。慶応義塾大学で特別研究員,東京大学で助教を経て,2017年4月に大阪大学に准教授として着任。2025年4月から現職。研究テーマは安楽死法,AIと法,児童虐待,少年法など司法と心理学の結節点に展開する諸問題。論文,学会発表は多数(参考URL:https://researchmap.jp/watamuraeiichiro)














