(第100回)不倫相手を断罪せよ!(福薗晴也)
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。【判例時報社提供】
(毎月1回掲載予定)
妻子ある男性と同棲した女性に対する子の慰謝料請求事件
妻及び未成年の子のある男性と肉体関係を持ち同棲するに至った女性の行為と右未成年の子に対する不法行為の成否
(最高裁判所昭和54年3月30日第二小法廷判決)
【判例時報922号3頁】
父親が不倫相手のホステスと同棲するために家を出て行った事案を扱ったこの裁判例が、なぜ心に残るのか。まず、判旨に納得できなかったから、である。
判旨は、以下のようにいう。父が不倫相手と同棲し妻子のもとを去っても、父が子に愛情を注ぎ監護教育を行うことは、その同棲とはかかわりなくその意思でできる。したがって、父が不倫相手と同棲し、子が愛情、監護、教育を受けられず不利益を被っても、そのことと不倫相手の行為との間に相当因果関係はない、と。
当時の(なお、今も)未熟な私の頭には、松本清張作品に出てくるような“悪い”ホステスが、泣いている子どもたちを横目にほくそ笑む画が浮かぶ。子どもたちは、いったいどんな思いだったのだろう(自分に置き換えても考えた。亡き父よ、ごめんなさい)。父を奪った憎き愛人への敗北。しかもそれを裁判所に突きつけられる。どこにも味方がいないような気持ちになったのではないか。私の中でまだ救いだったのは、本林裁判官による相当因果関係を認めるのが相当との反対意見であった。溜飲が下がったのもつかの間、「こんな不正義あってはならない!不倫相手を断罪せよ!」と、正義?を燃え滾らせ学術書をめくると、判旨の結論に賛意を示す大家が多い。愕然としながら大学生の日常に戻った。
数年後に大学院に進学し、本判例と再会した。大学院生になった私である。緻密な論理を用いて冷静に本判例を分析する・・・はずもなく、最も強い言葉で非難する気概で、指導教授に本判例への憤懣を述べた。感情むき出しの拙い内容であった。しかし、わが師匠は、あたたかい笑顔で真剣に耳を傾けてくださり、そのお姿は深く心に刻まれた。これが、本判例が心に残るもう一つの理由である。
それにしても、民法の大家が賛意を示すのはなぜか。「親からの監護、教育、愛情を受ける点について子が有する利益は、親に対して向けられているものであっても、第三者に対して向けられたものではな〔く〕」、「第三者に当該利益の不可侵ないし配慮の義務が課される性質のものではない」との見解(潮見佳男『不法行為法Ⅰ〔第2版〕』〔信山社、2009年〕231頁)に接した。なるほど、たしかに子にかような利益があることと、家族外の第三者に以上の義務を認めることとは話が違う。親が家を去った場合の子の精神的苦痛を認めたうえで、「夫婦が協議離婚をした……場合に、子供が慰謝料請求をするということは、おそらく認められない」と指摘される(前田達明『愛と家庭と』〔成文堂、1985年〕19頁)のも説得的に感じた。そして、何より重要なことは、先生方も、決して不貞を奨励するのではなく、その子の不憫な境遇を憂いていると思われることだった。感情と法的な結論とは異なる、という当然の結論に、早生まれの私もやっとたどりついた。
さらに数年が経ち、奇跡的に講義をもつ立場になった。学生に本判例への賛否を問うと、ほぼ全員が反対する。昔の自分を見るようである。では、少し大人になった(かもしれない)今の私はどうか。交際相手に配偶者と未成年の子がいることを知りながら肉体関係をもち、同棲する。不倫相手は、子の心身への影響を想像し、身を引くべきでなかったか。それが、無防備な子どもの明日の笑顔に思いを致すべき大人の責務ではないのか、と考える。ただ、民法学への理解が当時より1ミリほど進んだ(かもしれない)私は、これを不法行為責任というかたちで問うことの是非はまた別の話かもしれない、とも思うようになってきた。しかし、それでも、それでも、何ら非がないのに、団欒を、愛する親を奪われた子には、不倫相手の財産から手当をしてあげたい。この感情は拭えない。
民法821条は、親権者が「子の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならない」ことを定める。不貞はどうか。
大人が子どもの健全な発達を見守る社会であることを願いながら、わずかでも、子どもの明るい未来に資するよう研鑽を積む所存である。
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福薗晴也(ふくぞの・せいや)成蹊大学法学部専任講師。1995年生まれ。早稲田大学法学学術院助手を経て現職。論文として「民法824条・859条1項における『管理』及び『代表』の意義」早稻田法學99巻3号(2024年)など。














