(第8回)戦争の歴史を教えること — 戦後81年の試み
第二次世界大戦後に築かれた国際秩序がいま大きく変容し、崩れつつあります。その秩序をつくったアメリカのトランプ大統領自らが「法の支配」を無視し、むき出しの強者の論理を押し付けているのです。私たちは、視界不良のまま海図なき航海に乗り出しているのではないでしょうか。とはいえ、現在の私たちがあるのは、過去の歴史の積み上げの結果なのです。世界と日本のこれまでの歩みを振り返り、歴史の知恵を生かして私たちの現在と未来を考える連載を始めます。(毎月上旬更新予定)
この20年余り、ジャーナリストの仕事の傍ら、いくつかの大学で教壇に立ってきた。科目名は様々だが、教えてきたのは一貫して20世紀以降の戦争の歴史である。戦争と平和は、これからも私たちの未来を左右し続ける問題だと考えるからだ。
教えながら感じてきたのは、日本が経験した戦争を若い世代に伝えることが、年を追うごとに難しくなっていることだ。時間がたったからというだけではない。スマホとSNSがつくる情報空間では、目まぐるしく移り変わる「いま」に触れる機会が多く、過去へ目を向けるきっかけを得にくい。伝える側にも、そのきっかけをどうつくるかが問われている。
皮肉なことに、その「いま」が過去に似てきている。冷戦が終わったとき、私たちは平和な時代の到来を半ば信じた。だが30余年を経て、世界は大国間の力の政治に逆戻りした。強権的な指導者が喝采を浴び、ナショナリズムと戦争が再び時代の基調になりつつある。戦争を知る世代が去ると次の戦争が来る、とは言い古された警句だが、戦後これほど現実味を帯びたことはなかったのではないか。だからこそ、過去の戦争を知ることは、現在を読み解く手がかりになるのではないだろうか。
どうすれば学生たちに届くのか。試行錯誤を重ねる中で工夫してきたことを、ここでは次の三つのポイントに整理し、問題提起としたい。
1 映像を活用し、当時の人々の身になって考える
まず、映像の活用である。私が授業の柱の一つに据えているのは、NHKの「映像の世紀」(1995~96年、全11集)だ。映画誕生100年を機に、米ABCと共同で世界各地の記録映像を発掘・編集したシリーズで、20世紀を通史としてたどる教材として、現在も評価が高い。もっとも、このシリーズは多くの大学で使われている定番だ。問題は何を見せるかではなく、どう見せるかにある。ただスクリーンに映すだけでは、学生にとってそれは「遠い昔の、知らない人たちの物語」で終わってしまう。
三浦俊章(みうら・としあき)元朝日新聞記者。政治部、ワシントン特派員、論説委員、編集委員、テレビ朝日系列「報道ステーション」コメンテーターなどを歴任。主著に『ブッシュのアメリカ』(岩波新書、2003年)、共訳に『アメリカ大統領演説集』(岩波文庫、2025年)など。














