(第99回)法の正義と社会の正義 — その乖離を考える(指宿信)

私の心に残る裁判例| 2026.09.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

チッソ水俣病補償請求関連傷害事件上告審決定

1 検察官の訴追裁量権の逸脱と公訴提起の効力(いわゆる公訴権濫用の法理)
2 検察官の訴追裁量権の逸脱が公訴提起の無効を結果するような極限的な場合にあたるものではないとされた事例
3 原判決に判決に影響を及ぼすべき法令の違反があるがいまだ刑訴法411条を適用すべきものとは認められないとされた事例

(最高裁判所昭和55年12月17日第一小法廷決定)
【判例時報984号37頁】

1980年に出されたこの最高裁決定は「チッソ川本判決」などと呼ばれる。刑事訴訟法学におけるかつての最重要論点で、今日でも教科書等で必ず触れられる「公訴権濫用論」という検察権行使を規制する理論を認めた先例である。

事案は水俣病という未曾有の公害被害をめぐって起きた多数の訴訟の一つであるが、患者団体のリーダーであった川本輝夫氏がチッソ側との交渉を求めた際に社員に対して暴行を働いたとされた刑事事件である。1976年にようやくチッソ関係者が水俣病の発生について業務上過失致死傷罪で起訴されるが、事件があった1971年当時、チッソ側の刑事責任を問う動きはなかった。

一審は有罪(執行猶予付き罰金)だったが控訴審の東京高裁が、公害被害の深刻さや行政の停滞、チッソの責任回避等を考慮して川本さんに対する起訴を公訴権の濫用に当たるとして有罪無罪を示さず手続を打ち切った。この判決は世間からは「大岡裁き」などと呼ばれて随分と高く評価された。だが、法学界や法曹界では社会の正義感情を前面に押し出したこの判決に戸惑う声も少なくなかった。実定法に規定のない超法規的な打切りを一裁判体が行うことは法の求める正義とは相容れないという感覚が強かったのだろう。上告審は理論的には公訴権濫用論を承認するとしたが、その適用要件を厳しく設定し、控訴審の判断を誤りであるとした。しかしながら、原判決を破棄するほど著しく正義に反するような状態ではないとして(刑訴法411条参照)手続打切りの結論は維持されたのであった。なお、本決定が定めた厳格な要件のため、その後公訴権濫用を認めて手続を打ち切るケースは皆無となった。

さて、86年に大学院の博士課程に進学した筆者は、裁判所を退官して法学部教授に着任されたばかりの渡部保夫先生にご指導を頂くことになった。最高裁調査官としてチッソ川本事件を担当された渡部先生は、進学したばかりの筆者に本決定によって「葬り去られた」状態の公訴権濫用論に挑んではどうかと提案された。戦後の刑事訴訟法学界における最大の論争の一つであるこのテーマに挑むことに躊躇する筆者に、先生はなんと事件調査のために作成されたご自身の手控えを貸してくださった。

これを端から端まで舐めるように読んだ筆者は、公訴権濫用論を最高裁判例として承認し検察権の行使に制限を設けようと腐心された先生の調査官としてのご奮闘と、最終的な結論として「正義」の問題であるとして上告を棄却するという「アクロバティック」な道を選んだ多数意見(決定は3対2のスプリットであった)形成過程の、複雑なプロットを追体験することができた。

そしてわたしは、社会の正義と法の正義を近づける裁判を実現するためには、日本の手続に足りないものは何か、それを制度論と解釈論の両面から考究したいという野望を抱くに至る。それが「ポスト」公訴権濫用論としての手続打切り論というテーマ設定に繋がっていくことになる。

手続打切り論とは、検察権行使の批判から公訴提起や追行手続の違法性を導き出し刑事裁判を打ち切らせようという公訴権「濫用」論の思考を拡張して、「裁判打切り原因」を開かれたものと位置付け、裁判過程そのものの継続を認めないという考え方である。加えて筆者は、社会の正義観念を刑事手続という法的空間においてどこまで法の正義に近づけることができるか、そのための具体的な「装置」として“手続打切り”を位置付けられないか、という狙いを胸に抱いていた。

それを決断させたのは、渡部先生の調査官手控えの中にメモされていた米国ニューヨーク州法に定めのある「正義の増進のための手続打切り」という条項を調べた際に発見した、膨大な州判例群の存在だった。まさにニューヨーク州の裁判官たちが社会の正義を事実に照らして法の正義へと昇華させるための涙ぐましい苦闘のあゆみがそこにあった。

ナン百という判例を読み解く長い作業を活字にしたので、論文は『北大法学論集』という紀要に9回にわたって連載する長大な作品となった。連載終了後、当時日本評論社におられた串崎浩さん(後の代表取締役)に法学雑誌への寄稿でお世話になっていたところ、科研費出版助成申請の後押しをいただいて1995年に単著にまとめることができた1)

しかし、先の社会の正義を法の正義へと昇華させようとする試みはこのニューヨーク州だけに限られない。例えば、カナダ最高裁判所もまた「被告人を公判に立たせたままにしておくことが、公正と品位に対するコミュニティーの感覚の土台となっている基本的正義の原理を侵してしまうような場合に、手続きは打ち切られなければならない」と諭している。こうした態度は国を問わず、法を司る者にあって普遍的な思考なのである。

拙著については、検察批判を欠いた理論構成だとか裁判所頼みで現実的でないとか、打切り原因が抽象的で漠然とし過ぎているといった批判も頂戴した。だが、2016年に最高裁が心神喪失状態にある被告人の裁判を法定の理由なしに打ち切る判断を示し2)、ようやく手続打切り論が実務に受け入れられることになった。筆者も控訴審段階で打切り積極方向の意見書を裁判所に提出していたので、最高裁判決を聞いた時は素直に嬉しかった。博士論文出版から20年以上が、チッソ川本決定からは35年以上が経過していた。

このように本決定は筆者自身の法学研究の土台となった判例だが、ごく最近になってこの裁判とのご縁を感じさせる出来事があった。2006年に亡くなられた先生のご遺族に依頼され蔵書の整理のために伺ったご自宅で、渡部先生が準備された「調査官報告書」のタイプ打ち原稿が書棚から見つかったのである。

調査官は最高裁がどの事件を取り上げるかという事件の取捨に大きな役割を果たすため「最高裁の黒子役」などと呼ばれ、審理のために作成される調査官報告書の存在も知られている。しかし、その現物を見た部外者はほとんどいない。裁判記録にも綴じられておらず、非公開とされ、隠された存在だったからだ。

残念ながらチッソ川本事件調査官報告書の内容についてここで語る紙幅はない。これについては報告書本文を収録した別稿を参照いただきたい3)。近々、報道機関でもこの報告書の存在を大きく記事として取り上げる予定というから、法曹界のみならず一般にも知られる存在になると期待している。

本決定は筆者の学者としての研究生活の足掛かりとなり、「手続打切り論」という壮大なテーマを得た忘れがたい判例である。退職を間近に控えるこの時期に報告書を発掘できてこれを世に示す機会を得られたのはなんという偶然であろうか。運命と評することは大袈裟かもしれないが、最高裁判所の機能や判決作成過程を見直すきっかけとなればこれに勝る幸せはない。渡部先生もそれをきっと望まれているに違いない。

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脚注   [ + ]

1. 指宿信『刑事手続打切りの研究—ポスト公訴権濫用論の展望』(日本評論社、1995年)。博士論文以降の関連拙稿を集めた単著として『刑事手続打切り論の展開—ポスト公訴権濫用論のゆくえ』(日本評論社、2010年)がある。
2. 最一小判平成28年12月19日刑集70巻8号865頁。
3. 指宿信「最高裁調査官報告書の役割—川本事件最高裁決定を手掛かりとして」『人権と民主主義の法理論—追悼・小田中聰樹先生』(現代人文社、2025年)214頁。

指宿信(いぶすき・まこと 成城大学教授)
1959年生まれ、鹿児島大学法文学部助教授、立命館大学法科大学院教授を経て現職。近著に、単著『デジタル化時代の刑事司法---過去、現在、そして未来』(現代人文社、2026年)、監修『拘禁刑を考える---新しい刑罰制度は何をもたらすのか』(成文堂、2025年)、監修『えん罪原因を調査せよ---国会に第三者機関の設置を〔増補版〕』(勁草書房、2025年)、編著『日韓刑事法研究Ⅰ---日韓刑事法研究会記録集』(信山社、2025年)。

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