『同性婚と憲法』(著:松井茂記・白水隆)

一冊散策| 2026.02.04
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はじめに

日本では、これまで同性婚は認められてこなかった。同性婚を明示的に否定する規定は、憲法にも、民法にも、その他のどの法律にも存在しないのであるが、なぜか、同性婚は想定されていないと考えられてきたといってよい。今それが問い直されている。同性愛者及びその支持者により各地で提起された各訴訟で、裁判所で同性婚の排除が憲法に反しないかどうかが激しく争われているのである。

定価:税込 2,860円(本体価格 2,600円)

では、いったい憲法は同性婚をどう捉えているのであろうか。同性婚が認められていないことは、憲法に反していないのであろうか。

この本は、この問題を憲法の視点から問い直そうとしたものである。二人の執筆者は、主としてアメリカ合衆国及びカナダにおける展開を踏まえて、この問題に強い関心を抱いてきた。そして、日本において、この問題に関して徐々に関心は集めてきているものの、憲法学における対応がいまだ十分でないことを残念に思っている。この本は、その意味で、同性婚の排除を憲法上どう考えるべきなのかを、検討する素材を提供することを目的としている。二人の執筆者とも、同性婚の排除は憲法に違反すると考えている。しかし、二人の考え方が完全に一致しているわけではない。だが、いずれにしても、この本は、その主張を全面的に展開することを意図したものではない。あくまで、何が問題なのか、なぜ意見が対立するのか、どう考えればよいのか、を考察するための素材を提示することが主たる目的であり、執筆者二人の意見は、そのための参考資料の一つとして提示されているにとどまる。

本書の執筆に際しては、多くの方からさまざまなご意見をいただいた。また、同性婚の排除を争う訴訟に携わる関係者からも、いろいろな資料をいただいた。さらに、本書の出版に際して、日本評論社編集部の中野芳明さん及び柴田英輔さんのお世話になった。また、山口大学講師の朱穎嬌さんには、原稿に目を通していただき、色々と貴重なご意見をいただいた。ここで感謝したい。もちろん本書の内容に、もし間違いがあれば、それはすべて執筆者二人の責任である。また、初出文献は下記のとおりである。

本書は、日本学術振興会科学研究費助成事業2021年~2024年度基礎研究(C)(21K01142)の成果でもある

二〇二五年五月
著者一同

結びに代えて

どうして婚姻は男性と女性でなければできないのであろうか。どうして、男性同士または女性同士の同性婚は認められていないのであろうか。このように同性婚を排除することは、憲法に反しないのであろうか。

この本は、この問題を考えるための素材を提供し、一つの参考意見として検討してもらうための資料として企画されている。執筆にあたった二人は、憲法学の立場からこの問題に関心を抱き、この問題が憲法学でほとんど取り上げられてこなかったことを残念に思い、この本を通して多くの市民の方々に考え直してほしいと願っている。この本は、共著者の一人白水隆教授がもう一人の共著者の赴任大学であるカナダのブリテッシュ・コロンビア大学に在外研究中に、一年以上話し合ってできている。二人の意見は完全に一致しているわけではないが、同性婚の排除は憲法的に正当化できないのではないかと疑問に思っている点では、一致している。だが、この本に記された二人の意見は、あくまで読まれる方々の参考に付されているに過ぎない。もちろんこの立場には異論があることを十分承知している。だが、せめてそれが叩き台となって、さらに多くの方がこの問題に関心を持つようになり、この問題にさらに光が当てられることを何よりも期待している。

この次の大きな課題は、性同一性ないし性自認の問題をどう扱うかである。できれば、この本に続いて、この性同一性ないし性自認の問題の背景と概要、とりうる道筋を示すことができればと願っている。是非様々なご意見をお寄せいただきたい。

後記

本書の校正段階において、名古屋高裁及び大阪高裁により判決が言い渡された。

名古屋高裁判決(二〇二五年三月七日)は、本件諸規定が憲法14条1項及び24条2項に違反すると判示した。まず、14条1項違反については、他の判決と同様に、婚姻の本質を「両当事者が永続的な精神的および肉体的結合を目的として、真摯な意思に基づき共同生活を営むこと」にあると定義し、どのような人的結合関係を法律婚制度として認めるかは、種々の事情を総合的に考慮して決定すべきであるという、いわゆる「社会変化の法理」を採用した。その上で、各種統計データ、海外の法制度の動向、国内制度の現状などを参照し、憲法14条1項に違反するとの結論を導いた。

また、24条2項違反については、同項単独の憲法適合性審査は行わず、14条1項に違反することの帰結として、国会に認められた立法裁量の範囲を超えるものであるから、結果的に24条2項にも違反すると判断した。

名古屋高裁判決の特徴は、第一に、パートナーシップ制度や遺言等の他の法律行為によっても、同性カップルが法律婚制度を利用できないことによる不利益は十分に解消されていない点、第二に、同性婚の法制化は、既存の戸籍制度に重大な変更をもたらすものではなく、民法上の改正についても膨大な立法作業を要するものとはいえない点の二点に集約されよう。

次に、大阪高裁判決(二〇二五年三月二五日)も、名古屋高裁と同様に、本件諸規定が憲法14条1項及び24条2項に違反すると判示した。まず、24条2項の審査においては、夫婦同姓違憲訴訟における判断枠組みを踏まえつつ、とりわけ「個人の尊厳」の要請という観点から検討を行い、婚姻が「人々が幸福を追求し、充実した人生を歩むための重要な選択肢」となっていることを強調し、同性カップルがこれを享受できない現状は、彼らの人格的利益を著しく損なうものであると述べた。また、社会変化の法理にも言及し、同性婚に対する国民感情が一様でないことをもって、同性婚を法制化しないことの合理的根拠とはなり得ないとし、同性婚を認めないことは、同性愛者の個人としての尊厳を損なうものであるとの理由から、24条2項に違反すると結論づけた。

次に、14条1項違反の審査においては、本件が性的指向に基づき、種々の法的効果を伴う婚姻制度の利用可否を問うものであり、同性カップルが被る不利益の重大性を踏まえると、異性婚のみを認める現行制度は合理的根拠を欠き、14条1項に違反すると判断された。

大阪高裁判決の最も注目すべき点は、同性カップルに対して婚姻とは異なる新たな制度を設けることが、かえって性的指向やジェンダー・アイデンティティの多様性に対する国民の理解が不十分な現状において「新たな差別を生み出す」と明言した点にある。また、パートナーシップ制度の導入・拡大が、14条1項違反の結論に影響を与えるものではなく、同性カップルに対する差別を根本的に解消し得ないとの判断も、従来の判決に比して一歩踏み込んだ内容であるといえよう。

両判決の判断枠組み自体は、これまでに違憲判断を示した他の地裁判決及び高裁判決と大きく異なるものではない。しかし、特筆すべき点は、いずれの判決も、パートナーシップ制度のような代替的制度が存在することをもって、違憲性を回避する根拠とはならないと判断した点である。この見解は、特に、従来の地裁判決が代替手段の存在や同性カップルの権利保護に関して立法府に広範な裁量を認め、違憲状態と判断するにとどまった傾向と大きく異なる方向性を示している。

また、名古屋高裁判決においては、24条2項の憲法適合性審査を単独では実施せず、14条1項の違憲判断の延長として評価した。これは、他の裁判例に見られるように、14条1項の審査を24条2項に吸収させた構造と表裏一体の関係にあり、下級審が本件訴訟において、両条項を実質的に一体として捉えているかのような印象を与える。

目次

はじめに(松井茂記・白水 隆)
第一章 日本における同性婚をめぐる現状

第一節……同性愛者差別と同性婚排除の歴史と現在(松井・白水)

第二節……婚姻に代わる制度の可能性(白水)

第二章 諸外国の状況

第一節……アメリカ合衆国(松井)

第二節……カナダ(白水)

第三章 日本国憲法と同性婚の排除を考える

第一節……同性婚の排除と憲法(松井)

第二節……同性婚の排除—婚姻の自由の観点から(松井)

第三節……同性婚の排除—平等権の観点から(白水)

第四章 同性婚をめぐる訴訟の検討

第一節……同性婚をめぐる訴訟の現状(白水)

第二節……裁判所の判断と批判的検討—婚姻の自由について(松井)

第三節……裁判所の判断と批判的検討—平等権について(白水)

第五章 残された課題—ポスト同性婚の諸問題

第一節……同性愛行為の自由の再検討(松井)

第二節……婚姻制度の再検討(白水)

第三節……同性愛・同性婚を認めた場合の影響(松井)

第四節……どう争うのか—憲法訴訟のあり方(松井)

第五節……トランスジェンダーの人を考える(松井)

結びに代えて(松井・白水)
後記

書誌情報


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