(第83回)支配株主を有する上場企業の投資家が受ける損害(石川真衣)

私の心に残る裁判例| 2025.05.01
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
判例時報社提供】

(毎月1回掲載予定)

西武鉄道有価証券報告書虚偽記載損害賠償請求事件最高裁判決

1 有価証券報告書等に虚偽の記載がされている上場株式を取引所市場において取得した投資者が当該虚偽記載がなければこれを取得しなかった場合における、上記投資者に生じた当該虚偽記載と相当因果関係のある損害の額
2 有価証券報告書等に虚偽の記載がされている上場株式を取引所市場において取得した投資者が当該虚偽記載がなければこれを取得しなかった場合における、当該虚偽記載の公表後のいわゆるろうばい売りによる上場株式の市場価額の下落による損害と当該虚偽記載との相当因果関係

最高裁判所平成23年9月13日第三小法廷判決
【判例時報2134号35頁】

西武鉄道事件は、2004年10月に有価証券報告書等の虚偽記載が公表されたことが発端となり、同年12月に同社が上場廃止となったことを受け、同社株式を取得した投資家が自らの被った損害の賠償を求めて多数の訴訟を提起したことで知られる。昭和24年以降東京証券取引所に上場していた西武鉄道株式会社は、株式会社コクド等の少数の者が所有する同社株式の割合が東京証券取引所の定める上場廃止事由に該当する状況にあったが、この事実は有価証券報告書等の虚偽記載により隠蔽されていた。事態の発覚後に提起された一連の訴訟では、有価証券報告書の虚偽記載により生じた損害額の算定の問題をめぐって活発な議論が展開され、本件最高裁判決においては、虚偽記載と相当因果関係のある損害を算定するための定式が示されたことがとくに注目された。ただ、この判決を取り上げた理由は投資家が受けた損害額の算定の論点のみにあるわけではない。この判決が心に残った理由は別にある。

私が大学院生のときに出席していた授業で西武鉄道事件が扱われた際、配布された資料に家系図が含まれていたことが記憶に残っている。事件の発端となった有価証券報告書の虚偽記載は、堤家をオーナーとする株式会社コクド等の保有分についてであり、家系図は堤家に関するものであった。堤家の影響下にあった西武鉄道株式会社に関する一連の訴訟は、多種多様な企業経営のあり方が存在することが理解されながらも、支配株主が経営に関わる上場企業のガバナンスに対する投資家の視線が厳しくなるきっかけの一つになったと考えられる。

西武鉄道事件との関係で当時脳裏に浮かんだのは、ユーロネクスト・パリ市場の上場企業を代表する企業には、LVMH や Kering などをはじめとする支配株主が経営に関わる上場企業が多く含まれることである。フランスでは、投資家から長期的な視点に基づく安定した経営が期待され、これらの会社については優良な投資先という評価が一般にはなされているようである。フランスの代表的な株価指数 CAC40 にも含まれるこのような上場会社が仮に西武鉄道と同様の状況に陥った場合、影響を受ける投資家の数とその損害額はさることながら、株式市場の混乱も相当なものとなり、損害の算定問題はさらに複雑さを極めることになろう。しかし、興味深いことに、そうした事案は少なくとも20世紀に入ってからはフランスでは見当たらない。株式会社における支配権限の集中に見合った会社法と資本市場法の構築及び運用がこのような差異を生じさせるのか、答えを未だ探している。


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石川真衣(いしかわ・まい 東北大学准教授)
1988年生まれ。早稲田大学高等研究所講師(任期付)、公益財団法人日本証券経済研究所研究員を経て現職。
著書に、『組合・会社・社会―フランス会社法におけるソシエテ概念―』(岩波書店、2024年)、共著書に『商法総則・商行為法(第4版)有斐閣アルマ』(有斐閣、2023年)など。