(第11回)ヨーロッパの街でラテン語散策:オックスフォード Dominus illuminātiō mea/ドミヌス イルミナーティオー メア

竪琴にロバ:ラテン語格言のお話(野津寛)| 2024.09.24
格言といえばラテン語, ラテン語といえば格言. みなさんはどんなラテン語の格言をご存知ですか? 日本語でとなえられる格言も, 実はもともとラテン語の格言だったかもしれません. みなさんは, 知らず知らずに日本語で, ラテン語を話しているかもしれません! 実は, ラテン語は至るところに存在します. ラテン語について書かれた本も, ラテン語を学びたいという人も, いま, どんどん増えています. このコラムでは, ラテン語格言やモットーにまつわるお話を通じて, ラテン語の世界を読み解いていきましょう. (毎月下旬更新予定)

ヨーロッパの目印

「英国は欧州連合(EU)を脱退しても相変わらずヨーロッパなのですか」とお尋ねになる方もあるかもしれません. それでもやはり, 英国はヨーロッパだとお答えしたいと思います. というのも, そもそも欧州連合だけがヨーロッパを代表しているわけではありません. 実際, ヨーロッパの国々の中には, まだ他にも欧州連合に加盟していない国々がかなりあります. ヨーロッパとは, もっと広く, もっと古く, もっと複雑な, これからも変容し続ける歴史的存在だと思います. それでも, 私は, 概ねヨーロッパとは, その地理・歴史的, 政治・経済的, 民族・宗教的な複雑さにもかかわらず, 少なくとも言語文化的には, ギリシア語とラテン語を何百年もの長きに渡り自分たちの古典として学んできた地域のことだと考えています(もちろん, それが唯一のヨーロッパの定義だと言っているわけではありません).

その意味で, 今回の記事のタイトルに掲げたオックスフォードのような大学街は, 英国の中でも最もヨーロッパ的な場所であると言っても良いでしょう. その街を実際に歩き回り, 建築物に刻まれたラテン語のフレーズを見つけることができれば, そのたびに, そのラテン語が想起させる出来事と経験とによって, その街が紛れもなくヨーロッパであることを強く実感できることでしょう. なぜなら, ラテン語こそがヨーロッパの目印だからです. たとえEUの共通通貨が流通していなくても, たとえ時間的・空間的にローマから遠く離れていても, ラテン語の碑文の存在によってヨーロッパの痕跡が建物の石に書き込まれてあればあるほど, それだけヨーロッパを感じることができることでしょう.

今ここ, 夏休みのオックスフォードの街は, 移民系の労働者たちやアジア系の学生, 観光客で溢れかえっています. 先ほどまで私と一緒にバスに乗っておられた人たちの多くは, アフリカ系の人々や, 中東やインド・パキスタン系の人たちや, 私のようなアジア系の人たちがほとんどでした. また, たとえ昔はここでラテン語が話されていたとしても, Gown and Town などと言われたように, この都市では, ラテン語を話していたアカデミックな人々(Gown)と,そうではない街の人々(Town)とが対立し, 混じり合っていたわけですから, 今私が見ている現代におけるこうした異民族と異文化の混淆・同居の状態も, この街のヨーロッパらしい特徴のひとつであり魅力ではないかとさえ思われました.

ともあれ, ヨーロッパの目印であるラテン語を見つけるためには, やはり特定の場所へと脚を踏み入れてみる必要があるようです.

オックスフォード大学の紋章

たった今, 観光客かサマースクールの団体を誘導するアジア系のガイドさんの口から, とつぜん英語訛りの発音で「ドミヌス イルミナーティオー メア」らしきラテン語のフレーズが叫ばれるのが聞こえました. そうです, いま私はオックスフォード大学のメインライブラリー(Bodleian Library)の中庭(Quadrangle)に来ているのでした. その四角い中庭をぐるりと囲む建物の壁面のあちらこちらに, 開かれた本のイメージを包み込んだ, オックスフォード大学の紋章が見えます. それらの開かれた本のページのいずれにも, 同じラテン語の文字列が見えます.

これが今回のエッセーのタイトルに掲げたラテン語です.

ガイドさんに代わってラテン語の文字列の説明をしてみましょう:

矢印の順番で読んでください:

DOMI → NVS → ILLV → MINA → TIO → MEA

通常, ラテン語の碑文では, 古代の慣習に従って大文字のU の代わりに大文字の V が使われるのが通例です. これを, 私たちが見慣れた近代の印刷本の書式で書き直すと以下のようになります:

Dominus illuminātiō mea
ドミヌス イルミナーティオー メア
(主はわたしの光)

Dominus は, 男性名詞 dominus「主, 神」の主格・単数形. illuminātiōは, 女性名詞 illuminātiō「光, 光明」の主格・単数形. mea は1人称の人称形容詞 meus「私の」の女性・単数・主格形. 述語動詞が見当たりませんが, be 動詞 sum の直接法・現在・3人称・単数形 est を補って訳すと,「主(=神)はわたしの光(である)」となります.

もともと『旧約聖書』(「詩篇」第27篇の冒頭)に使われた言葉ですが, 少なくとも16世紀後半あたりから, このオックスフォード大学の紋章に書き込まれるようになったのだそうです. それ以降, この大学に関係する様々な施設や書籍の扉表紙に見られるようになりました. 街のお土産屋さんに行けば, このモットーをプリントしたグッズが売られているかもしれません.

ところで, この Dominus illuminātiō mea の外にも, 今では使われていないようですが, Vēritās līberābit, bonitās regnābit(真理が自由にする, 善が支配する)や, Sapientiae et fēlicitātis(知恵と幸福の)ないし Sapientiā et fēlicitāte(知恵と幸福によって)がこの紋章と共に用いられていたこともあったようです.

次の写真は, オックスフォード大学の別の場所にある歴史学部 Faculty of History の建物の正面です. 流石に歴史学部の建物に「主はわたしの光」だけでは宗教色が強すぎると思われたのでしょうか(本当のことは知りません), より非宗教的な別のモットーがそれと一緒に掲げられています.

FORTIS EST VERITAS  真実が強い(勝利する)

今回, 私のお目当ての図書館は, オックスフォード大学のメインライブラリー(Bodleian Library)ではありませんでした. 主に古代の造形芸術, 考古学, 文献学, 歴史, 文学に関係する書物を集めた別館に行こうと思っていたのでした. この別館はとても気軽に使えるので, 私がもっとも気に入っている図書館です. この別館は昨年までは Sackler Library と呼ばれていましたが, 訳あって昨年の終わり頃から Bodleian Arts, Archeology and Ancient World Library と改称されています.

声に出して唱えたいラテン語

オックスフォード大学の図書館の多くの部所は, 所定の料金さえ払えば誰でも利用できることになっているので助かります. 昨年夏に更新した図書館カードの期限が切れていたので, 更新してもらうことにします. そのために, 図書館カードを発行・更新するための総合窓口がある Weston Library(旧称 New Bodleian Library)の建物へ向かいます. その建物の外壁にラテン語の碑文を見つけました.

AEDIFICII NOVI BODLEIANI
HUNC PRIMUM LAPIDEM
POSUIT MARIA REGINA
REGIS GEORGII VI MATER
DIE XXV MENS. IUN. A.D. MCMXXXVII

New Bodleian(Library)の建物の
この最初の石を
国王ジョージ6世の母である,
王妃マリーが,
1937年6月25日に設置した.

上に述べた通り, 建物に刻まれる碑銘には, 大文字の U は使わず, 古代の慣習に従ってその代わりに V を使うのが普通ですが, この石碑では大文字の U が使われています.

Weston Libraryの建物の中に入りますと, そこは居心地の良いカフェテリアもある大きなホール(Blackwell Hall)になっています. その右奥に案内所(Reception)があるのですが, その案内所の向かって左側にあるゲートの上にもラテン語の碑文を見つけました.

SI BONVS ES INTRES : SI NEQVAM NEQVAQVAM
貴方が善人ならば入りなさい, 悪人ならば絶対に(入ってはならない)

Si は「もし~ならば」を表す接続詞. Es は be動詞 sum の直接法・現在・2人称・単数形. Bonus は形容詞 bonus「良い, 善良な」の男性・主格・単数形. Intrēs は第1変化動詞 intrō「入る」の接続法・現在・2人称・単数形. 接続法は命令(入りなさい)を意味します. Nequam は「邪悪な」を意味する不変化形容詞(ここでは男性・主格・単数). Nequaquam は「決して〜ない」を表す副詞です. Nequaquam の後に, intrēs が省略されていると想定します.

たしかに図書館のゲートに相応しい文句ではありますが, 煉瓦と石で作られ, 鉄製の装飾を施され, 碑文が刻まれたこの門石は, もともとこの図書館 Weston Library にあったものではありませんでした. Oxfordshire州にある Ascot House に属する Ascot Park の門石だったものが, 後に Victoria and Albert Museum の所有物となり, 今はここで展示・保存されているのだそうです.

私はもちろん「善人(bonus)」であると考え, ゲートを通って入っていきます. 窓口の係の方に期限の切れたカード, 身分証明書, 居住地を証明する英文書類(英文であれば海外の書店等から洋書を購入した際にメールで送られてきた発送伝票をスマホで提示しするだけでも大丈夫でした)を提示した上で, どうしてこの図書館を使いたいのかという理由を英語でしたため, 申請書を完成させると, これらを再び窓口に持っていきます. その際, 初めての申請者はある儀式を行うことになっています. 図書館が用意した所定の宣誓文(下記の英文)を声に出して読み上げ, 誓いを立てなければならないのです.

I hereby undertake not to remove from the Library, or to mark, deface, or injure in any way, any volume, document, or other object belonging to it or in its custody; not to bring into the Library or kindle therin any fire or flame, and not smoke in the Library; and I promise to obey all rules of the Library.

私はここに, 図書館から何も取り去らず, また, 図書館に属する, または図書館が保管しているいかなる書物, 文書, または他の物に対して, 印をつけたり, 汚したり, 傷をつけたりしないことを約束します. また, 図書館に火や炎を持ち込んだりおこしたりせず, 図書館内で喫煙しないこと, そして図書館のあらゆる規則に従うことを約束します.

上記のゲート上の碑文の「善人」と「悪人」とはそういうことなのでしょう. さて, 宣誓文はこの英語版が基本なのですが, 日本語版も含む様々な言語のバージョンが用意されています. 申請者には任意の自分の得意な言語で宣誓することが許されているということなのですが, さすがはオックスフォードです. 何とここには, ラテン語版の宣誓文も用意されているではありませんか. そのラテン語バージョンを引用しておきましょう(内容は上記の英語バージョンと同じですので, 翻訳は省略します):

Do fidem me nullum librum vel instrumentum aliamve quam rem ad bibliothecam pertinentem, vel ibi custodiae causa depositam, aut e bibliotheca sublaturum esse, aut foedaturum deformaturum aliove quo modo laesurum; item neque ignem nec flammam in bibliothecam in laturum vel in ea accensurum, neque fumo nicotiano aliove quovis ibi usurum; item promitto me omnes leges ad bibliothecam attinenntes semper obsevaturum esse.

ラテン語を学んだ方がもし将来オックスフォード大学の図書館を利用する際には, ぜひこのラテン語バージョンで自分が「善人」であることを誓ってみてください. ちなみに, ここに引用したのは男性用バージョンで, 未来分詞の男性・単数・対格形の語尾 -tūrum を女性・単数・対格形の語尾 -tūramにした女性用の宣誓文も用意されていました.
このようにオックスフォードでは, 図書館カードを更新するという目的で歩き回るだけでも, これだけのラテン語を見つけることができました.

Bodleian Library のラテン語

Bodleian Libraryの利用料は, 大学教員のような研究者ならば, ひと月20ポンドです. このカードを持っていれば, 本館の錚々たる貴重本コーナーにも入っていけるはずです. 本当に使えるかどうか試してみるために, もう一度, 本館の Bodleian Library の入り口がある先ほどの中庭に戻ってみましょう. 図書館の入り口には William Herbert(1580 -1630)の大きな銅像が立っていますが, その銅像の背後, つまり図書館の入り口の上の壁面にラテン語の碑文がありました:

QVOD FELICITER VORTAT
ACADEMICI OXONIENS
BIBLIOTHECAM HANC
VOBIS REIPVBLICAEQVE
LITERATORVM
T. B. P.

ご幸運をお祈りします
オックスフォードの学者諸君
この図書館を
あなた方と学識ある人々の
共同体のために
T[homas] B[odley] が建てた

ラテン語として OXONIENS は変な形です. 「Oxford の」を意味する形容詞 Oxoniensis の複数・男性・呼格形の OXONIENSES でなければ意味が理解できないので, そのように読んでおきます. T. B. と省略されているのは, この図書館の創設者で, そこから名前がとられた Thomas Bodley(1545-1613)のことでしょう. 省略形の P. は, 「置く, 建てる, 創設する」を意味する動詞 ponō の直接法・能動態・完了の3人称・単数形 posuit です.

この中庭の周囲には, 建物に入るための入り口がぐるりと配置されてあるのですが, かつてはそれらの入り口のひとつひとつが個々の科目の教室への入り口だったようです. おそらくそこで教えられていたと考えられる科目の名前が各々の入り口の上にラテン語で記されています.

さっそく本館の Bodleian Library の中に入ってみましょう. ここから先は, 先ほど更新した図書館カードを使うか, 持っていない人は特別に入場料を払わなければ, 入ることは許されていません. 入り口から入って正面にある最初の広間 Divinity School の片隅に, いかにも古そうな, 黒くなった木製の椅子が展示されているのが見えます.

近寄ってよく見ると, この椅子に張り付けられた銅板にもラテン語が刻み込まれていました.

SELLA EX RELIQUIIS TABULATORUN NAVIS DRACANAE
FABLICATA ET A JOHANNE DAVISIIO DEPTFORDIENSI
ARM. NAVALIUM ARMAMENTORUM CUSTODE REGIO
BIBLIOTHECAE OXONIENSI DEDICATA 1662

Drake の船の材木の残骸から作られた椅子,
軍船の備品を王のために管理する番人であった,
Deptford の John Davies によって
Oxford の Bodleian Library に寄贈された

銅板の碑文は非常に読みにくいのですが, 額に入れられた説明書によれば, どうやら, この椅子はかの有名なドレイク船長(Francis Drake, ca. 1540-1596)が, 女王エリザベス1世等から支援を受け, 英国人としては初めて世界を周航した際に彼が用いたガレオン船(The Golden Hind)の廃材から作られた椅子 Drake Chair だということが分かります. ドレーク船長による世界就航の後, このガレオン船は1580年から1650年頃まで, つまりエリザベス1世の死後45年以上も, ロンドンの Deptford の造船所で維持され, 展示されていましたが, 朽ちてきたため解体されました. 1668年には Deptford の軍船備品管理者であった John Davies がこのガレオン船の残骸の木材を使ってこの椅子を作り, オックスフォード大学の Bodleian Library に贈呈したということです.

広間を出て右側の(つまり図書館の入り口から入って左側の)螺旋階段を上がり, 貴重本コーナーのある上階へと登って行ってみましょう. 階段の途中に寄進者たちの名前を記した大きなラテン語の碑文が2つ見えました. 図書室の中にはこんな銅像と碑文がありました. これもラテン語です.

Ashmolean Museum のラテン語

インフレと円安のせいで何をするにもお値段が高いと感じられる英国ですが, 英国に来て金銭的に得をしたなと思えることがいくつかあります. そのひとつは博物館・美術館です. というのも, 英国ではほとんどの公立の博物館・美術館が入場無料なのです. ロンドンならば大英博物館であれ, ナショナルギャラリーであれ, 自然史博物館であれ, 同じ日に何度でも入り直すことができて, 出入りの回数に制限があるわけではありませんので, 食事やお茶をするために何度でも退出しながら, 再び戻ってはゆっくり気ままに見学できるのです. とても有難いことだと思います.

オックスフォードの博物館といえば, 何よりも Ashmolean Museum ですが, もちろんこちらも入場無料です. 古代ローマの展示物の金石文もさることながら, 建物のあちこちにラテン語の碑文を見つけることができました(今回は, それらの碑文の紹介は省略します).

カトリック教会でラテン語のミサを聴いてみる

聖アロイシウス教会(The Oxford Oratory Church of St. Aloysius Gonzaga)はオックスフォードにあるカトリック教会です. 教会ですからいつでも誰でもアポイントなしで訪問することができるのですが, 日曜日の午前11時に訪問すれば, 今でもラテン語のミサを聴くことができます. 私のような他所者の異教徒が何食わぬ顔をしてミサに紛れ込んでも, みなさん笑顔で迎えてくれます. 実際にミサに参加して, 儀式を一通り聴いてみたのですが, スピーチの一部は英語で行われるものの, 大部分は確かにラテン語のミサでした. こちらの教会では, このラテン語のミサだけではなく, 他の儀式もオンラインでも視聴できるようです.

オックスフォードにはもちろん他にも多くの教会がありますが, それらの中にあるチャペルや石棺や記念プレートなどに, 数多くのラテン語の碑文が彫られているの見つけました. それらをひとつずつ写真に撮って記録したのですが, 残念ながら今回この文章の中では紹介しきれません.

Jesus Collegeで見つけた意外なラテン語碑文

今回はこのカレッジ(Jesus College)の宿泊施設でお世話になったので, たまたま見つけたのですが, 正門を入って左側, ポーターズロッジの入り口がある壁の右上に掲げられた, この銅板の碑は, かの有名な「アラビアのロレンス」を記念したものです.

MCMVII-MCMX
HIC TRIENNIUM TRANSEGIT
THOMAS EDWARDUS LAWRENCE
ARRABIAE JACENTIS VINDEX IMPAVIDUS
CUJUS NOMEN NE OBSOLESCERET
POSUIT HOC AES COLLEGI JESU JUVENTUS
SAPIENTIA AEDIFICAVIT SIBI DOMUM
EXCIDIT COLUMNAS SEPTEM

虐げられたアラビアの大胆不敵な
擁護者 Thomas Edward Lawrence が
1907年から1910年までの
3年間をここで過ごした.
彼の名前が忘れられないよう, ジーザス・
カレッジの若者一同がこの銅板を設置した.
知恵が自分のために家を建てた,
7つの柱を切り出した.

アラビアのロレンス, つまり Thomas Edward Lawrence(1888-1935)はこのカレッジの出身者でした. アラビア語が堪能だったロレンスですが, 当時のことですから, カレッジでは当然のことながらラテン語とギリシア語を学んだものと思われます. 最後の2行 Sapientia aedificāvit sibī domum excīdit columnās septem は『旧約聖書』の「箴言」第9節から取られた言葉ですが, ロレンスがアラビアの砂漠での経験を語った彼の著書のタイトル『知恵の7柱 The Seven Pillars of Wisdom 』が『旧約聖書』のこの箇所の言葉から作られたことに因むものでしょう.

食事の前後にラテン語で感謝の祈り(grace)

私は残念ながらオックスフォードやケンブリッジの卒業生ではありませんので, 直接体験したわけではないのですが, 現在でも個々のカレッジの学寮に住んでいる学生たちの間では, 夕食の際にラテン語で神様への感謝をラテン語で唱えるという伝統が続いているのだと聞いています. これらのラテン語の祈りを記述した書籍も発行されていて, それを読みますと, 各々のカレッジによって感謝の祈りの言葉も異なっていることがわかります.

今回は夏休み特集ということで, 旅行者の目線からヨーロッパの街(オックスフォード)のラテン語碑文を観察する散歩にお付き合いいただき, 有り難うございます. これらのラテン語碑文は, 街が持っているラテン語碑文のほんの一例にすぎません. オックスフォードの街の中でも比較的アクセスしやすい場所だけに絞って, ラテン語碑文を探しながら歩いてみました. さらにもう少し努力して中に入っていけば, 食事の前後のお祈りやミサの言葉など, ラテン語で発話されるものも含め, もっと多くのヨーロッパの歴史の痕跡を確認することができることでしょう.


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野津寛(のつ・ひろし)
信州大学人文学部教授。専門は西洋古典学、古代ギリシャ語、ラテン語。
東京大学・青山学院大学非常勤講師。早稲田大学卒業、東京大学修士、フランス国立リモージュ大学博士。
古代ギリシア演劇、特に前5世紀の喜劇詩人アリストパネースに関心を持っています。また、ラテン語の文学言語としての発生と発展の歴史にも関心があり、ヨーロッパ文学の起源を、古代ローマを経て、ホメーロスまで遡って研究しています。著書に、『ラテン語名句小辞典:珠玉の名言名句で味わうラテン語の世界』(研究社、2010年)、『ギリシア喜劇全集 第1巻、第4巻、第8巻、別巻(共著)』(岩波書店、2008-11年)など。