単位の授業 — 小学校ではどう教えられているか?(石原清貴)

単位って何だろう| 2020.09.15
私たちの日常生活と密接不可分な「単位」.この小特集では,(1)誰もが通ってきたはずの小学校の授業で「単位」がどのように教えられているか,(2)そもそも歴史的に「単位」はどのように定義され,定義自体がどのように変遷してきたかをふりかえってみます.
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4.教科書&プリント学習中心の指導法

2000 年 (平成 12 年) 以降,それまで 100 年以上連綿と続いてきた学校の授業形態が崩壊する出来事が起こります.それが「習熟度別少人数授業」の導入です.

この方式は,それまでの 1 クラス単位で行われていた一斉授業を解体し,子どもの習熟度合いに応じた指導を行うというものでした.子どもたちは習熟の度合いに応じて「ウサギさんコース」「普通コース」「カメさんコース」に分けられ,そのコースがある教室に行って算数の勉強をすることになりました.

ところが,たとえ習熟度別コースは違っても,どのコースでも同じ内容を同じ方法で教えなければコースを移動したときに困るという理屈で,教科書の指導方法が標準となり,そこから逸脱することを認めない雰囲気が出来上がってきます.それが教科書&教科書準拠プリント学習中心の授業形態です.

しかし,「習熟度別,やればやるほど差が開く」と揶揄されるほどこのやり方はうまく行かなかったみたいで,習熟度別少人数授業は次第に影をひそめます.

次にやってきたのが「学力テスト」です.マスコミがこぞって学力向上を煽ったおかげで,算数の授業は,いかにしてわからせるかではなく,いかにして点を取らせるかが中心となっていきました.教科書とワークブックで教員と子どもを締め付け,テスト・プリントを授業でも宿題でもやらせ,学校も親も子も「よい点数を取らせること,よい点を取ること」がよい学校・よい親・賢い子どもの指標となったのです.

また,これまで障害児の範疇外だった学習障害や情緒障害などの疑いがある子たちを特別支援学級で面倒を見るという方針が,学力テストと軌を一にして生まれました.2007 年 (平成 19 年) に始まる特別支援学級制度は,現在全国で 10 万人近くの子が在籍・通級し,増加の一途をたどっています.

こういった一連の教育政策は,教員の授業態度に大きな変化をもたらせました.一言でいうと,授業がビジネスライクになったのです.授業は教科書を解説すればいい.テストとプリント練習で点数を上げればいい.障害が疑われる子は支援学級で面倒を見てもらえる.— そう考える教員が増えたのです (元教員として,こんなことを書くのはつらいことですが…).

こういった背景の中,「教科書&プリント学習中心の授業」形態は確固たる地位をもち始めます.と同時に,長年子どもと向き合い,地道に頑張っていたベテラン教師たちが現場を去るようになります (もうこんなやり方にはついて行けないと感じた教員が多かったように思います).当然,現場は若い教師が多くなり,いろいろな面で混乱を引き起こしました.

まさにその間隙を縫うようにして推し進められたのが,ここ数年来,教育現場を席巻している学校の「スタンダード化」です.これは授業にもおよび授業のスタンダード化が半ば強引に導入されたのです.「教師は教科書に書いてあることを丁寧に教えればよい」というだけでなく「授業の進め方は様々な個性や学び方に配慮するユニバーサルデザインの観点を取り入れたやり方を標準的授業形態とする」というわけです.

最近の学校の算数の授業をのぞいてみましょう

5 年生算数—異分母分数の足し算(よく工夫された授業例)

ジュースが2つの入れ物に、それぞれ、$1/2\t{L}$ と $1/3\t{L}$ 入っています。合わせると何Lですか?

教師は教科書を拡大コピーし,切り取った問題部分を黒板に貼る.

「さあ,今日はこんな問題を考えます.みんなで問題を読んでみましょう」

子どもたち読む.

「どんな問題かな? 」

「分数の足し算の問題です」

「そうだね.でも,いままでの分数の足し算と違うところがあるのだけれど,わかるかな? 」

「分母が違っています」

「そう.よく気が付いたね.じゃあ,今日の〈めあて〉を考えようか! 今日の学習の〈めあて〉は? 」

〈分母の違う分数の足し算の計算方法を考えよう〉です」

教師,黒板に〈めあて〉を書く.そして拡大コピーした図を貼り出す.

「はい,こちらが $1/2\t{L}$,そしてこちらが $1/3\t{L}$ 入った水槽ですね.この 2 つの水槽の水を 1 つの水槽に入れるとこうなりました.何 L になっていますか? 」

「$5/6\,\t{L}$ です」

「式に書くとどうなる? 」

「$1/2+1/3=5/6$ です」

「どうして $1/2+1/3=5/6$ となるのだろうね? みんなはどう思う? 友達と相談してください」

しばらく子どもたちの話し合いの時間をとった後,考えを発表させる.

「○○さんはどう考えましたか? 」

「私は,通分して分母を同じにして計算したのだと思います」

「つまり,$1/2+1/3$ を通分して $3/6+2/6$ として計算したのですね」

(この後,また教科書の拡大コピーを貼り出して,異分母分数の足し算方法をまとめ,教科書にある練習問題を行います)

まとめ 分母のちがう分数の足し算・引き算は通分してから計算します。

「では,今日の勉強を振り返ります.今日の勉強でわかったことや感想をノートに書いて発表してください」

(太字が必ずやることらしい)

こんな風に書くと,何の変哲もない普通の授業に見えます.しかし,よく考えてください.教師が用意したものは教科書の拡大コピーだけです.そして,子どもたちは教科書をもっています.結局,教科書を読めばわかる内容を,教師はただただ解説しているだけなのです.「主体的で,対話的で,深い学び」(今回の指導要領改訂の目玉) といっても,計算方法を考える場面で話しただけです.それも,あらかじめ「通分して計算する」ことは教科書に書いてあるわけですから,話すふりをしているだけ,というのが正解でしょう.

ここには知的興奮もなければ,実際のものを使って操作して解決する面白さも発見もありません.教師も子どもも,与えられたシナリオに沿って教科書をなぞり返して,分かった気になっているだけです.そして,学力はプリントを渡して練習して,テストで評価されます.

5.量と単位の指導はどうなっているのか

大雑把に算数教育法の変遷を振り返ってみました.これに最近の大きな変更を付け加えなければなりません.

それは 2020 年 (令和 2 年) から実施されている算数の学習指導要領から「量」という文言が省かれたということと,「算数的活動」が「数学的活動」という言い方に変わったことです.

この 2 つの変更点は相関関係があります.この変更の真のねらいは解説書から読み取ることはできません.しかし,教室で子どもたちが実物の量を使って単位や数と計算のしくみを学び取っていく学習ではなく,教科書の拡大コピーを黒板に貼り付けて教科書を解説するだけの算数授業スタンダードを見ていると,ある懸念が浮かんできます.それは,いずれ算数の授業は電子黒板・ PC ・タブレットの上で,絵図もしくは動画を視聴して,数学的な決まりや性質を使って解き方などを理解させる算数教育に取って代わられるのではないかという懸念です.

現実に教科書の「量」の指導を見ると,実物を使って計量する場面が異様に少ないのが分かります.

ここで 2 年生の教科書に載っている液量の指導のページを見てみましょう.

啓林館:2 年算数 (上),令和 2 年版.単元名〈かさ〉

最初のページは大きさの異なる 2 つバケツにペット・ボトルで水を入れる場面です.片方がペット・ボトル 5 本分,もう片方がペット・ボトル 4 本分です.ところがペット・ボトルの大きさも異なるので,本数での比較が無理です.「どうやったらうまく表すことができるだろう」という疑問を投げかけます.[絵図による説明]

次のページには,「こんなときには $\t{L}$ マスを使うよ」といって,普遍単位が簡単に出てきて, $\t{L}$ の書き方を練習したり,「$\t{L}$ マスいくつ分で何 $\t{L}$ かな」という問題をしたりします.[絵図による説明]

次のページでは,$\t{L}$ マスで量りきれないときには, $1\t{L}$ マスを $10$ 等分した目盛りを入れたマスを用意して, $1/10$ の量を $\t{dL}$ という単位で表すことを教え,また次のページで $\t{mL}$ を同じ方法で教えることになります (なんと,分数の学習をする前に分数が出ます).そして $\t{L}$, $\t{dL}$, $\t{mL}$ の単位の関係をつかませます.[絵図による説明]

ここまでの授業のめあては〈かさの表し方を知ろう〉となっていますから,実際に液量を扱うことはありません.

その次になって初めて〈$1\t{L}$ の嵩を作ってみよう〉というめあてになり,実際に液量を使って $1\t{L}$ 作りをするのです.[液量を測る体験]

導入から 3 時間目までは,黒板に教科書のコピーを貼り出しての授業です.4 時間目になってやっと液量を使っての授業になります.そして,実際の液量を扱うのは,これが最初で最後です.あとは液量の計算と単位換算練習とプリント練習となります.[個別プリント学習]

これまでの〈かさ〉の授業は,どの学級でも,廊下や教室が水浸しになるほど実際の液量を測ったり水移しゲームをしたりして,楽しんでいたのです.それがなんと,このざまです.単位が分からなかったり,量感がなかったりする子どもが増えるのは当然の帰結です.

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石原清貴(いしはら・きよたか)
1954 年生まれ 香川県志度町出身 (現さぬき市) 元小学校教員・退職後「算数クリニック・石原算数教育研究所」を開設,算数数学で躓いた子どもたちのフォローをしたり youtube (石原清貴チャンネル) で算数教育法の動画配信を行ったりしている.
著書『算数を探しに行こう!--- 式」や「計算」のしくみがわかる五つの物語』(新潮社)・『算数少女ミカ 割合なんてこわくない』(日本評論社),『まるごと算数授業』(喜楽研) 監修など.