(第1回)高市首相は憲法9条に感謝していい—日米安保の前提突き崩すトランプのアメリカ

現在史のプリズム(三浦俊章)| 2026.04.10
第二次世界大戦後の築かれた国際秩序がいま大きく変容し、崩れつつあります。その秩序をつくったアメリカのトランプ大統領自らが「法の支配」を無視し、むき出しの強者の論理を押し付けているのです。私たちは、視界不良のまま海図なき航海に乗り出しているのではないでしょうか。とはいえ、現在の私たちがあるのは、過去の歴史の積み上げの結果なのです。世界と日本のこれまでの歩みを振り返り、歴史の知恵を生かして私たちの現在と未来を考える連載を始めます。

(毎月上旬更新予定)

「同盟は戦争の導火線なのです」

それを聞いたとき思わずハッとした。日本政治外交史が専門の三谷太一郎東大名誉教授からかつて聞いた言葉である。ショックを受けたのは、筆者自身の専門である外交・安全保障をめぐる取材の中で、同盟の持つ危険性をこれほど鮮やかに言い切った人はまれだったからだ。しかし、明治以来の外交史を熟知していれば、当然引き出せる教訓である。

戦前の日本が結んだ同盟はふたつあった。1902年の日英同盟と1940年の三国同盟である。日英同盟の2年後には日露戦争が勃発。三国同盟の翌年には日本は真珠湾攻撃で対米英開戦に踏み切り、欧州ですでに始まっていた第2次世界大戦は真にグローバルな戦争となった。歴史的に見れば、仮想敵国をつくる同盟は現実転化のリスクを伴うのだ、というのが三谷教授の指摘だった。

だが、戦後の日米安保条約について、そういう切迫したリスクを国民は感じてきただろうか。冷戦初期こそ、安保条約を結んでいるためにアメリカの戦争に日本が「巻き込まれる」のではないかという恐怖心が国民の間には強く、60年安保改定の際には反対運動が岸信介内閣を倒すほどの盛り上がりを見せた。だが、その後に高度経済成長が進むと、現状肯定的な雰囲気が日本社会に広がり、国民も安保条約を受け入れていった。ポスト冷戦期に、北朝鮮が核・ミサイル開発を進め、中国が政治・軍事大国として台頭すると、今度は米国に「見捨てられる」のではないかという恐怖心が政治家や官僚の間で高まった。三谷教授が指摘した同盟の持つ戦争への導火線というリスクには目が向かなくなったのである。

しかし、そうした日米安保をめぐる条件が、いま大きく変わりつつある。3月に高市早苗首相が訪米して、トランプ大統領との日米首脳会談が行われた。日本側の説明によると、大統領はホルムズ海峡の航行の安全に関して日本の貢献を要請し、首相は「法律の範囲内で対応する」と伝えたという。会談前、日本外務省は大統領が何を言い出すのか戦々恐々だった。とんでもない要求をされて、追い込まれた首相が法外な要求をのまされてはたまらないと恐れていたのだった。その懸念は当面は回避できたのかもしれない。

ただ、その代償が、大統領の機嫌をとるだけのその場限りの対応策だとすると、日米関係の未来は暗いというべきだろう。首相は会談冒頭で「世界中に平和と繁栄もたらされるのはドナルドだけだ」と述べた。かつてこれほどの追従を述べた日本の首相がいただろうか。

70年を超える日米安保の歴史を振り返ってみると、日本の側には、「長いものには巻かれろ」という処世術や「どうせアメリカの要求には逆らえない」というあきらめもあった。だが同時に、アメリカが主導する国際秩序が日本にとって有利であるという計算や、アメリカはそう無理筋なふるまいはしないだろうという期待があった。アメリカは確かにベトナム戦争やイラク戦争のような失敗を繰り返してきた。だが、その際にも国際法的正当性を主張したり、国連安保理事会で決議を通そうとしたり、建前は尊重してきた。何よりも同盟国との「信頼(トラスト)」を維持しようとする一定の配慮はあった。

トランプ大統領が歴代の統領と違う異質な点は、「取引(ディール)」へのこだわりと「力の支配」への素朴な信仰にある。ベネズエラ攻撃に続いて、今回のイスラエルとの共同作戦によるイラン攻撃には、国際法上の根拠はない。そこにあるのは、歴史家ツキジデスが古代アテネの行動について喝破した「強者はその欲するところをなし、弱者はそれを甘受するしかない」(「戦史」)というむき出しの軍事リアリズムである。

筆者の知る日本の外務省OBは、「トランプがやっているのは結局、同盟関係の弱体化で、対中国や対ロシアの外交は何もできてない。中露を利するだけだ」と嘆く。だが、より大きな問題は、地政学的に脆弱で、軍事力だけでは自らを守れない日本にとっては、何よりも「法の支配」にもとづく国際秩序が保たれることが最善の安全保障であり、その土台をアメリカが自ら崩していることなのだ。

日米関係を柱としてきた戦後日本の保守政治の基盤が液状化している、と言ってもよい。首相がトランプの怒りを買わなかったということで安堵するのではなく、日本政府や自民党はもっとリアルな危機感を持つべきではないか。国際政治における「力の支配」への傾斜をどう防ぐのか。トランプ大統領に苦言を呈する欧州諸国との連携も含めて、「法の支配」をどう取り戻すのか長期的な視点を持つことが必要だ。

さらに言えば、トランプ大統領は、日本政治の座標軸を思わぬ方向に揺さぶっている。米首脳会談でいちばん興味深かったのは、ホルムズ海峡で日本の貢献を求めるトランプ大統領に対して、高市首相が「自衛隊派遣には憲法9条の制約がある」と伝えていたことだ。もし、憲法9条がなければ、首相はどうしたのだろうか。9条なしに自衛隊派遣を断れたのだろうか。日本国民が自衛隊派遣を望むとは思えないので、むしろ首相は憲法9条があったことを感謝していいのではないか。首相が目指す憲法改正により、自衛隊の海外派遣のハードルが低くなったら、アメリカの要請にどう対処していくのだろうか。

筆者が防衛省・自衛隊を担当していたころ、知り合いのある陸上自衛隊幹部が、「憲法9条があってよかった。憲法改正されたら、我々は地球の果てまでアメリカ軍に連れていかれますよ」と語ったことがある。

「力の支配」を信じ、国際法の制約を認めない大統領のもとでアメリカ軍が出動するときに、自衛隊の協力を求められたらどうするのだろうか。対応次第によっては、それこそ同盟が日本にとっての「戦争の導火線」に転化してしまいかねないだろう。

自民党は1955年の結党以来、憲法改正の旗を立ててきた。自民党内には、それは単なる旗印として現実には改憲を棚上げにしてきたハト派と、改憲を自らのアイデンティティにしてきたタカ派が存在してきた。しかし、そのタカ派とても、憲法改正によって可能になる軍事行動のパートナーに想定しているのはアメリカだけであろう。そして、そのアメリカが一定のリーズナブルなふるまいをすることが、改憲の当然の前提になっていたはずだ。このトランプのアメリカと、日本はどこまで共同歩調を取るのか。そういう問いに、改憲論者たちは何とこたえるのだろうか。


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三浦俊章(みうら・としあき)
元朝日新聞記者。政治部、ワシントン特派員、論説委員、編集委員、テレビ朝日系列「報道ステーション」コメンテーターなどを歴任。主著に『ブッシュのアメリカ』(岩波新書、2003年)、共訳に『アメリカ大統領演説集』(岩波文庫、2025年)など。