『伊藤真の法学入門[第3版] 講義再現版』(著:伊藤真)
はじめに
法を学ぶ意義を少し考えてみましょう。
この法学入門でも詳しく扱っていますが、今までの日本社会では、法が自分たちとは別の世界の縁遠いもの、お上が決めた一方的な言いつけであって、嫌々ながら従うものだ、という意識が強かったようです。そのため、争いごとが起きても、どちらかというと、法によらずに常識や話合いで決着をつける方法が好まれていました。
しかし、私たちはそのような「お上」に規制されっぱなしになる統治客体ではないし、法は私たちを規制するだけのものでもありません。私たちの憲法は個人の尊重を一番重要なものと考えています。私たちは、1人ひとりが自分の個性を出発点として、みずから考え、自分のことをみずからが自由に決め、みずからの意思に従って行動しながら幸せを追求していく存在です。そのような憲法のもとで権力を行使する主体、すなわち統治主体は、まさに1人ひとりの私たちなのです。
そうだとすると、統治手段である法は、統治主体である私たちの幸せを追求するためのものということができます。法は裁判を通じて社会秩序を維持していくための道具ですが、たとえば裁判というものも、お上の権力作用ではなく、当事者が、公正なルールのもとに理性的な議論を行いながら自主的に交渉をすることによって、お互いの幸せを最大化するための場といえるのです。
では、そこにいう幸せの追求とはどのようなことをいうのでしょう。それは、裕福な暮らしをすることでも、たくさんの人に愛されて生活することでもありません。幸せの追求とは、自分のことをほかの誰か、特に公権力に邪魔されることなくみずから決めることができることなのです。憲法が13条で保障しているのも、「幸福権」ではなく「幸福追求権」なのです。「主体性」といってもいいかもしれませんが、みずからのことをみずからが決めることができる「自己決定」こそが、幸せを追求するために不可欠なのです。
主体的に生きるというと、友人にどう接するか、流行を見ながら髪型や服装をどうするか、将来どういう仕事に就くかというような、私事にまつわることを連想するかもしれません。それももちろん、重要な主体的自己決定です。ですが、実は私たちの身の回りにある、社会的秩序付けのためのいくつかの公的な仕組みは、このような主体性と密接に関連するものです。
フラー教授は、社会的秩序付けの形式に「契約」「選挙」「裁判」があると指摘しています。
「選挙」は、私たちが主権者として、また地域の住民として、選挙権を行使して国会や地方議会の議員や長を選ぶことです。国会や地方議会が決定した法律・条例や諸施策に私たちが従わなければならないのは、彼らが民主的に選ばれているからです。つまり、私たちの代表者が決めたことは、間接的ではあるけれども、私たち自身が主体的に決めたことなのです。法に従う理由が、選挙権を行使する際の主体的な自己決定にあるとするならば、私たちは、どのような法が望ましいか、どのような法が私たちの幸せの総量を最大にしてくれるのかということをよく考えて、それに即して選挙権を行使することが理想的です。その意味で、法に関する初歩的知識は主体性のある市民に不可欠の知識ともいえます。
「裁判」は、権威のある第三者としての裁判所(裁判官)が争いごとに判定を行って解決し、社会秩序を維持する仕組みです。そして、今までの日本人は、裁判というお上の命令を受け入れるだけの存在でした。しかし、みずから主体的に考え、行動することこそが、幸せを追求する上で不可欠だとするならば、裁判における紛争解決は、裁判所に任せきりにするのではなく、双方の当事者がみずから主体的・自律的に交渉を行うことが基本とされるべきです。
2009(平成21)年から始まった裁判員制度も、従来までの裁判=お上という意識から脱却し、国民が統治主体として主体的に参加する制度であり、裁判への関わり方を変えていくためのものです。
具体的な事件に巻き込まれたときに主体的に解決することを試みたり、また、裁判員制度において裁判員に選ばれたりする可能性があることを考えると、この点からもまた、法の基礎知識を身につけておくことが重要になっていくと思います。
「契約」は、契約当事者の話合いによって結ばれます。契約が成立すれば、たとえば、物を引き渡す義務、代金を受け取る権利などが発生します。ですから、契約も社会を秩序づける仕組みのひとつであり、契約当事者はそのルールに従わなければなりません。このような契約の拘束力は、当事者が契約というルールをみずからの意思で主体的に決めたことに基づいて生まれるのです。
最近特に、企業コンプライアンスということが叫ばれています。「コンプライアンス」とは当初は法令遵守と訳されてきましたが、最近ではCSR、つまり社会的責任を果たすことと広げて捉えられています。法を形式的に守っているだけでは企業の信頼性が確保されるとはかぎらなくなっているからです。では私たち日本人のコンプライアンスに対する意識はどの程度のものだったのでしょうか。もし今までの日本人が「権利」や「義務」、また「契約」というルールで相互に律していくことよりも、むしろ契約文書を作らず、口約束と常識でなんとなくお互いの気持ちを察しながら取引を行ってきたとすれば、契約書を取り交わしたり、法令を遵守すること自体にハードルがあるといえそうです。そのような慣習から脱却して、自分が望むことを文書で相手に求めて確認し、いったん契約が明確になればしっかりその取決めに従っていくことが、コンプライアンスに関わる私たちに求められているテーマであるように思います。そしてそうだとすると、契約を結ぶときの法に関する初歩的知識もまた必要になってくるはずです。
この法学入門でも扱っていますが、日本では、明治期にドイツから大陸法系の法制度を、第二次大戦後にはアメリカから英米法系の法制度を、各々継受しています。これらの法系には異なる特色が多いのですが、共通しているのは、お互いの権利や義務を明確に定め、もし紛争が起きれば、権利義務を通じてその解決をめざすという点です。ですから日本の法制度自体は、権利義務を中心とした欧米流のものなのです。そして、それは私たちがめざすべきひとつのモデルといってよいと思います。何らかの紛争が起こったときに、権力者の気まぐれや暴力・財力などで解決するのではなく、法によって解決するほうが公平・公正な解決ができ、より多くの人々の幸せにつながるといえるからです。もちろん、法による解決は万能ではありませんし、紛争解決手段のひとつにすぎません。ですが、とても有効な道具であることは確かです。
権利・義務を中心としたこのような法のあり方は、英語が世界でもっとも多くの地域で通用する言葉であるように、国をこえた共通のコミュニケーションツールであり紛争解決ツールになりつつあります。もはやこの地球上のどこで生活しようとも、またどの分野で仕事をしようとも、法の知識と考え方は不可欠なものになってきているのです。
自分自身が幸せになるための道具であり、多くの人々を幸せにする道具としての法との取組みは主体的でなければなりません。本書を通じて、法に主体的に関わる素養をしっかりと身につけていくことにしましょう。
第1章 法とは何か
目次
はじめに
第1編 法を学ぶことの意義
第1章……法とは何か
第2章……法と規範
第3章……法規範の特質と機能
第4章……日本における法の歴史と法意識
第5章……法の学び方
第2編 憲法と法
第1章……最高法規としての憲法と法の段階的構造
第2章……2つの基本原則
第3章……憲法はなぜ必要なのか
第3編 正義と法の安定
第1章……法と正義
第2章……法的安定性
第4編 法の体系、目的と解釈
第1章……法の体系、法の種類
第2章……法の目的と価値基準
第3章……法の解釈と基準
第4章……日本の裁判制度と判例
第5編 法の使い方、学び方
第1章……法律の勉強
第2章……法律文書の書き方
第3章……法情報の調べ方(リーガルリサーチ)
あとがき
書誌情報
- 『伊藤真の法学入門[第3版]』
- 著:伊藤真
- 定価:税込 1,870円(本体価格 1,700円)
- 発刊年月:2025.12
- ISBN:978-4-535-52902-1
- 判型:A5判
- ページ数:232ページ
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