『見えないブラックホールを見る』(著:本間希樹)

一冊散策| 2026.09.03
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はじめに

2019 年 4 月 10 日,日本時間の夜 10 時 7 分 (世界時 13 時 7 分) ,国際同時記者発表の一つ,東京の会場で私はこのように述べ,史上初めてとらえたブラックホールの写真を公表しました (カバー参照) .写真がスクリーンに映し出されると,記者会見場を埋め尽くした記者や関係者から「お~! 」とどよめきの声が上がりました.その瞬間,私たちの撮影した「ブラックホールの写真」が持つ力を,改めて認識しました.ブラックホールの影を初めて捉えたことの重要性が多くの人々に伝わるという確信を得て,会見を成功裡に終えることができました.

同じころ,東京以外に世界 5 か所で同時に行われた記者会見場でも,東京と同じように大きな盛り上がりを見せていました.米国のワシントンでは写真が公開された瞬間スタンディングオベーションとなり,しばらく拍手が鳴りやまなかったそうです.また,欧州はブリュッセルで,また南米チリではサンチャゴで,そしてアジアでは東京以外に台北と上海でそれぞれ行われ,どこも大変な熱気に満ちた会見となり,直後から「ブラックホール撮影に成功! 」というニュースが世界中を駆けめぐりました. 2019 年の最大の科学ニュースともいわれた「ブラックホール・フィーバー」が起きたのです.

この成果を成し遂げたのは,世界で 200 名以上 (現在は 300 名超) のメンバーからなる国際プロジェクトです.その名前は,イベントホライズンテレスコープ.英語で書くと EventHorizon Telescope ,略称 EHT です. EHT は世界中の多くの国々からなるプロジェクトで,日本を含むアジア,そして北米,欧州,さらには南米の研究者も参加する巨大な国際共同研究です. 200 名以上のメンバーで世界中の望遠鏡を駆使し,史上最高の視力をもつ地球サイズの電波望遠鏡を合成しました.そして, 2017 年 4 月に行われた観測のデータを 2 年がかりで解析し,ブラックホールの影の写真を初めて撮影して 2019 年 4 月に発表したのです.筆者は日本からのプロジェクトメンバーのとりまとめ役という立場でこのプロジェクトに 10 年以上かかわり,東京での記者発表ではメインのプレゼンターを務めました.ブラックホールの撮影という一大成果の創出に貢献することができ,また,それを自らの手で発表して多くの人々に興味をもってもらうという貴重な経験ができました.

このような経験ができた私は,研究者として大変幸運であったと思います.ブラックホールという 100 年にわたり脈々と進められてきた研究の流れと,私が天文学者として歩んできた流れがさまざまな偶然の結果として交差し,そしてそれが運良くブラックホール研究の大きく進展するタイミングだったのです.本書では,この交差する 2 本の流れ-ブラックホールの研究と,私という一科学者の歩み-について書きたいと思います.ブラックホール研究はいわば客観的な科学の解説になります.一方でもう一つの私の科学者としての歩みは,個人的な (=主観的な) 書き方になります.そのため,本書では客観的な記述と主観的な記述がそれぞれ登場します.科学者である私は,普段から物事をできるだけ客観的にとらえてそれを表すことに力を注いできたので,個人的な視点からの記述をすることについては難しさもありました.しかし,客観性が重要である科学の世界でもその担い手は人であって,科学的な営みには多くの「主観」がかかわってきます.本書を手に取ってくださった方には,そのような主観を通じて,私という一研究者がどのように研究の道を歩んで来たかを追体験していただければ幸いです.そしてもし本書が未来の研究を切り開く人たちにとって少しでもお役にたてればこれに勝る喜びはありません.

2026 年 4 月 本間希樹

 

目次

  • 第1章 ブラックホールとは何か
  • 第2章 ブラックホールを追った100年
  • 第3章 天文学者へ、そしてVLBIへ
  • 第4章 いて座Aスターの衝撃
  • 第5章 イベントホライズンテレスコープへ
  • 第6章 ブラックホールの撮影
  • 第7章 M87の撮影で見えてきたもの
  • 第8章 いて座Aスターの撮影
  • 第9章 ブラックホール観測の新展開

書誌情報など

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