『検察審査会—ケースで学ぶ』(著:長谷川純・岡本裕明・神谷竜光・進藤広人・杉山博亮)

一冊散策| 2026.02.13
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

 

 

はじめに

もし自分が検察審査員に選ばれたら、どのような検討をすればよいだろうか。そもそも検察審査会では、どのような審議がされているのだろうか。

昨今、「検察審査会制度」がニュースになることが多くなったように思う。しかしながら、実際に検察審査員となった場合に、何について、どのような議論がなされ、どのようにして審査と議決がされるかについて述べたものは、非常に少ないように思われる。その意味で、本書は現実の検察審査会制度の実態を再現しようとする初めての試みといえよう。

定価:税込 1,980円(本体価格 1,800円)

本書の著者らは、審査補助員経験者の弁護士ほか、刑事弁護にも造詣の深い弁護士である。そのような弁護士が、審査補助員としての検察審査会の現実の経験や、東京弁護士会刑事法対策特別委員会による検察審査会に対する調査、日弁連の主催の「指定弁護士、補助員交流会」の経験、弁護士会主催の指定弁護士・補助員の研修会などの経験に基づき、本書の内容を執筆した。

本書の特徴をひとことでまとめると、著者らが仮想上の「登戸信三事件」を創造したという点にあろう。

現実に開催された検察審査会申立事件を題材にして、検察審査会の内容を再現しようとすると、被疑者の名誉の問題、被害者(遺族)の不利益や被害感情の問題、捜査記録の開示の問題、捜査の秘匿性の問題、補助員や審査員の守秘義務の問題など、多くの問題が発生する。この点に関して、著者らが一からフィクション・仮想の事件を作ることで、諸般の事実的・法的問題をクリアしたものとなっている。

登戸信三事件は、令和2年8月3日東京都H市において、被疑者登戸信三が離婚した元妻である加藤好美を殺害したのではないか、というまったく仮想の事件である。この事件について、信三は黙秘を続け、検察官は令和3年3月16日に信三を不起訴処分とした。これに対し、殺害された好美の両親である加藤晴久・加藤育江は、東京検察審査会に審査申立書を提出し、検察審査会による審査が開始されたという流れである。

証拠もすべて著者らが作成し、さらに、検察官経験者によってその証拠に基づき実際に「不起訴裁定書」を作成してもらった。加藤好美両親の「審査申立書」も、実際に代理人弁護士として委任を受けた場合に考えるであろう内容を想定して作成してみた。また、審査補助員経験者に、登戸信三事件を審査するための「審査事項検討表」を作成してもらった。そのうえで、仮想の検察審査会の審査状況を再現した。そして最終的には、本件検察審査会での一定の議決を想定し、「審査議決書」および「審査議決の要旨」を作成したものとなっている。

このように、登戸信三事件はすべて仮想であるが、本件検察審査会において、検察審査員が登戸信三事件で担当検察官が不起訴にした理由を十分に理解し、検察官が不起訴にした各論点について相互に十分議論を尽くしたものとなっている。

どのような論点について、どのように議論をしたかは、本書を読むと理解できるように工夫したつもりである。

なお、議決内容は、著者らの間でも意見が分かれたものであり、現実の刑事事件と同様、簡単に結論を導ける内容ではなかったこともうかがえると思う。

以上のような特徴をもつ本書の構成を簡単に述べたい。

本書は3部構成になっている。

第1部では、まず、登戸信三事件につき、検察審査員に選ばれた主人公がどのようにして検察審査会で議論を進めていくか、物語調で具体的な議論を紹介している。本書が「ケースで学ぶ」とタイトルを冠している理由でもある。

実際に検察審査員に選ばれた人は、まずは第1部を読んでもらいたい。

また、審査補助員に選ばれた弁護士や検察審査会事務局、あるいは検察審査会の申立てを受けた際の検察官においても、第1部を読むと示唆に富む内容になっていると思う。第1部で描かれた検察審査員は、審査補助員の補助を受けつつ、証拠の内容を理解し、高度な議論をしている。こうした議論に到達するためには、検察審査員自体の努力のほか、事務局や審査補助員の協力が不可欠であり、こうした関係者の努力がなされなければ、本書のこのような議論は実現しないと考えるからである。

第2部は、検察審査会制度の概要について説明したものである。一般の人が検察審査会制度を法律的な側面から知るために最低限度必要な知識をまとめたものになっている。第1部を読んでいくなかで、その制度的な背景を理解するためには、第2部を読んでもらうのがよいであろう。

ただ単に法的枠組みが理解できるようにするだけでなく、検察審査会を現実的な制度として理解できるようにまとめてみたつもりである。

さらに、その内容の一部については、あるべき検察審査会制度について著者らが考えてみた内容ともなっている。この点については、検察審査会制度について研究し、もしくは関心のある刑事司法関係者において、多少なりとも参考になる部分があるのではないかと思う。

最後に、第3部では、登戸信三事件において、検察審査会で議決するうえで避けて通れない書面および証拠などの資料を掲載している。これらの書面の中には、刑事事件を担当する弁護士や報道関係者ですらほとんど読むことがない書面(不起訴裁定書、議決書など)が含まれている。

著者らは、一般読者だけでなく刑事事件を扱う法曹関係者にとっても参考になるように、登戸信三事件について仮想の証拠資料を作成した(もちろん、現実にはより多数の資料があるため、選別し簡潔にしたものにはなっている)。著者らとしては第1部を読むなかで、これらの資料を適宜参照してもらうことを期待しているが、読まなくてもおおむねの内容は理解できるように説明してある。

ただし、第3部の資料のうち、少なくとも「不起訴裁定書」(134頁)は、第1部を読む前に読み、その内容の理解に努めてほしい。検察審査会は結局のところ「不起訴裁定書」の是非を判断しているのであり、これを読まないと検察審査員が何を議論しているかを理解することが困難となるからである。この「不起訴裁定書」の内容を理解すると、本件検察審査会の議論の内容の理解が深まるものと思われる。

2025年8月

長谷川純、岡本裕明、神谷竜光、進藤広人、杉山博亮

第1章 登戸信三事件

目次

はじめに

第1部 登戸信三事件の検察審査会
 第1章 登戸信三事件
 第2章 検察審査会の会議

第2部 検察審査会の基礎的理論
 第1章 検察審査会とは何か
 第2章 検察審査会の歴史の概略
 第3章 誰が検察審査員・補充員に選定されるのか
 第4章 検察審査会は何をするのか
 第5章 検察審査会では審査申立て案件をどのように審査するのか
 第6章 検察審査会の審議の実際
 第7章 審査補助員の選任
 第8章 議決書作成後の処理
 第9章 第二段階の審査
 第10章 情報の開示
 第11章 検察審査会の今後の展望

第3部 資料編
 1 不起訴裁定書
 2 審査申立書
 3 審査事項検討表
 4 検察審査会議決書
 5 検証調書
 6 鑑定書
 7 防犯カメラ映像解析結果報告書
 8 出力印字結果報告書(好美日記)
 9 隣人の供述調書(重田供述)
 10 隣人の陳述書(重田供述)

おわりに

書誌情報


一冊散策(法律・政治) の記事