(第17回)音楽のラテン語とラテン語格言:Mūsica est exercitium arithmēticae occultum nescientis sē numerāre animī /音楽とは, 自分が数えていることを知らない精神の隠された数学の訓練である

音楽に関するラテン語の引用句の中でも私が最初に思い出すのは, 表題に掲げた哲学者・数学者 G. W. ライプニッツ(Gottfried Wilhelm Leibniz, 1646-1716)によるこの言葉です:
Mūsica est exercitium arithmēticae occultum nescientis sē numerāre animī
(ムーシカ エスト エクセルキティウム アリトゥメーティカエ オックルトゥム ネスキエンティス セー ヌメラーレ アニミー)
音楽とは, 自分が数えていることを知らない精神の隠された数学の訓練である
これは, ライプニッツが数学者ゴルトバッハ(Christian Goldbach, 1690-1764)に宛てた, 1712年4月17日の手紙(Leibniz, Opera Omnia, v. 3, ed. Dutens, p. 437-438)から取られた引用句です. 私たちは, 音楽を聴いたり, 演奏したり, あるいは歌を歌ったりするとき, まさか自分たちが数学を行っている(あるいは, 計算している)とは思わないはずなのですが, ライプニッツによれば, 音楽を聴いたり, 演奏したり, 歌を歌ったりするとき, 私たちはそうしていることを意識していないにもかかわらず, 実は数学を行っている(無意識にある種の計算を行っている)ということになります. いかにもライプニッツらしい, 面白い考え方だと思います.
そもそも, 私たちは, 音楽というものが何か偉大なものを表し, 何か神秘的なものを内包しており, 単なる娯楽を超えた何かであることは, なんとなく理解しており, たとえ音楽の無い人生など想像できないほど音楽が好きだとしても, その一方で,「どうしてそうなのか?」と考えることは滅多に無いのではないかと思われます. ライプニッツのこの格言は, 音楽に関するそのような感覚と疑問に対するひとつの解答を示唆してくれているのかもしれません. また, この格言的な表現によって, ライプニッツは音楽と数学とのあいだに, ひいては, 人間の精神とこの世界とのあいだに存在すると彼が考えた, 認識論的・存在論的な, ある深い関係のことを述べているようにも思われます.
信州大学人文学部教授。専門は西洋古典学、古代ギリシャ語、ラテン語。
東京大学・青山学院大学非常勤講師。早稲田大学卒業、東京大学修士、フランス国立リモージュ大学博士。
古代ギリシア演劇、特に前5世紀の喜劇詩人アリストパネースに関心を持っています。また、ラテン語の文学言語としての発生と発展の歴史にも関心があり、ヨーロッパ文学の起源を、古代ローマを経て、ホメーロスまで遡って研究しています。著書に、『ラテン語名句小辞典:珠玉の名言名句で味わうラテン語の世界』(研究社、2010年)、『ギリシア喜劇全集 第1巻、第4巻、第8巻、別巻(共著)』(岩波書店、2008-11年)など。