(第84回)男女別定年制の公序良俗違反による無効(鹿野菜穂子)

私の心に残る裁判例| 2025.06.02
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。
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(毎月1回掲載予定)

日産自動車定年差別事件

定年年齢を男子60歳女子55歳と定めた就業規則中、女子の定年年齢を男子より低く定めた部分が、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条の規定により無効とされた事例—日産自動車男女別定年制訴訟上告審判決

最高裁判所昭和56年3月24日第三小法廷判決
【判例時報998号3頁掲載】

1 本判決の背景と意義

日本国憲法14条が法の下の平等を定めていることは、法学部に入って最初に学ぶことの1つである。いや、少なくとも今日では、法学部生でなくても、大学以前のかなり早い時期から誰もが学んでいる重要なことといえよう。しかし、昭和21年に日本国憲法が制定され、翌年5月3日に施行された後も、日本の社会には、性別役割分担の意識や性による差別的取扱いが根強く残っていた。特に労働の場では、採用差別が当たり前のように行われ、また、女性労働者にのみ適用される結婚退職制や、男女別の定年制を設ける企業も多かった。既に本判決以前に、下級審において、年齢差のひらいた男女別定年制を無効とする裁判例が見られたが、本判決は、5歳差の男女別定年制についても、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条(公序良俗違反)により無効とした。本件が、日本国憲法施行後30年以上経過した時期に、最高裁まで争われたこと自体が、当時の社会状況や意識を物語っているともいえよう。昭和54年には国際連合における「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」の採択、翌55年には世界婦人会議での同条約の調印がされた時期であったが、本判決は、当時は未だ労働法で具体的な定めがなかった男女別定年制について、民法の解釈として、不合理で無効という結論を導き、その後の日本社会にも大きな影響を及ぼした。

2 私人間効力

本件は、憲法の私人間効力という問題に関わる。憲法の規定を私人間において直接適用することが認められるかについて、学説は分かれていたが、私的自治ないし契約自由の原則との調和から、憲法の規定を直接に適用するのではなく、民法90条や信義則などの解釈・適用において憲法の趣旨を考慮するという間接適用説が従来から有力であり、判例も、三菱樹脂事件判決(最判昭48年12月12日民集27巻11号1536頁)において、間接適用説を採ることを明らかにしていた。本判決も、この枠組みを前提とするものであるが、本件では最高裁自らが、原審の事実認定を正当としたうえで、その事実関係のもとにおいて、「就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条の規定により無効である(憲法14条1項、民法1条の2参照)」とした。憲法の趣旨に照らして、民法90条の解釈適用において、労働の場における男女の平等の考え方を取り入れたものである。

3 差別の不合理性

従来の判例では、性別による異なる取扱い等が民法90条の公序良俗違反に該当するかについて、「合理的な差別(区別)」は許されるが、女性であることのみを理由とする「不合理な差別」は公序良俗違反となるという考え方が採られてきた。問題は、何をもって合理的とするかの判断ないし判断基準であり、この点で、下級審の判断が分かれていた。本判決は、「担当職務が相当広範囲にわたっていて女子従業員全体を会社に対する貢献度の上がらない従業員とみるべき根拠はなく、労働の質量が向上しないのに実質賃金が上昇するという不均衡は生じておらず、少なくとも60歳前後までは男女とも右会社の通常の職務であれば職務遂行能力に欠けるところはなく、・・一律に従業員として不適格とみて企業外へ排除するまでの理由はない」など、「上告会社の企業経営上の観点から定年年齢において女子を差別しなければならない合理的理由は認められない」とした原審の認定判断を正当として、本件男女別定年制につき、性別のみによる不合理な差別を定めたものとした。

4 本判決後の立法等の展開

本判決後、昭和60年に男女雇用機会均等法が制定され(昭60法45)、翌61年4月から施行された。同法では、定年・退職・解雇などにつき、差別的取扱いの禁止が明記された。制定当初は、募集・採用、配置・昇進などについては努力義務規定にとどまっていたが、その後の平成9年改正で努力義務規定が解消され、義務規定に強化された。本判決は、これらの具体的立法に先立って、社会の新たな要請に応える民法の一般条項の可能性と役割を示したものである。


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鹿野菜穂子(かの・なおこ 慶應義塾大学名誉教授)
1959年生まれ。東京商船大学助教授、神奈川大学助教授、立命館大学教授を経て2005年から慶應義塾大学教授(2025年から同名誉教授)。法制審議会幹事、中央労働委員会公益委員、内閣府消費者委員会委員長などを歴任。
著書に、『新プリメール民法1』(法律文化社、2022年、共著)、『改正債権法コンメンタール』(法律文化社、2020年、共編著)、『基本講義消費者法(第5版)』(日本評論社、2022年、共編著)、『デジタル時代における消費者法の現代化』(日本評論社、2024年、共編著)など。