(第90回)取締役が法律を守らなくてもよい場合(宮本聡)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2026.05.14
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。

(毎月中旬更新予定)

宮本航平「法令違反行為に関する取締役の会社に対する損害賠償責任」

法学教室541号(2025年10月号)89頁以下より

コンプライアンス意識の高まり、ホワイト化社会など、様々な言葉で表現されているとおり、日本においては、「法律を守る」ことはますます強固な「常識」になりつつあるように思われる。他方で、法律は完璧なものではなく、だからこそ、法律実務家は日々法律と現実を上手く適合させるために知恵を絞り、国会は時代に合わない法律について改正や廃止といった措置を講じている。また、海外では、違法リスクのある革新的なビジネスが当該リスクを承知の上で実行され、その影響を受けて法令、ルールが変革されていくという Regulatory Entrepreneurship などと呼ばれる動きがあることも知られている。

株式会社の取締役は、必ず法律を守らなくてはならないのか。

会社法423条1項は、取締役が任務を怠ったとき(任務懈怠)は、株式会社に対して損害賠償責任を負う旨を定める。取締役が会社が遵守すべき法令に違反する行為を行ったときは、会社法成立前に出された最高裁判決(最判平成12年7月7日民集54巻6号1767頁。損失補てん行為(独占禁止法違反)について取締役の損害賠償責任を否定。)などに倣い、会社法423条1項の任務懈怠に該当するが、法令違反に関する予見可能性がないなど帰責性を欠く場合には、同項の損害賠償責任を負わないという見解が広く知られている。

以上の見解に、取締役には法令違反を行う裁量はない(法令違反行為には、取締役の判断に広い裁量を認める経営判断原則の適用はない)という一般的な考え方を加えると、取締役には、全ての法令を遵守すべきという、法令遵守に関する「厳格な責任」が導かれることになる。

本稿は、このように法令遵守について取締役に厳格な責任を負わせることが正当化される理由として、①法令違反行為については取締役が従うべき規範が明確である、②全ての法令を遵守することは株主の通常の合理的意思に適う、③取締役の厳格な責任は、法令のエンフォースメントの不足を補完するものである、といった既存の議論を紹介しつつ、いずれの議論も完璧なものとまでは言えず、取締役の厳格な責任が、法令のエンフォースメントを補完する効果を持つことの是非に目を向けるべきであることを指摘する。

そのうえで、本稿は、取締役の厳格な責任が、法令のエンフォースメントを補完する効果を持つことが望ましいとは限らないことを示唆するものとして、法令違反を理由とする任務懈怠の免責範囲に関する2つの見解として、田中説1)と得津説2)を紹介する。田中説は、法令の解釈が不明確であり、取締役が法令違反行為をする方が会社の利益になると合理的に判断した場合には過失がない(帰責性がないため、損害賠償責任を負わない)と主張する。また、得津説は、法令による規制が過剰な状況の中で、敢えて法令違反をすることによって、法令の改廃を促し社会全体の利益を促進することを目的とする場合には免責を認めるべきであると主張する。

これらの見解に加えて、本稿は、取締役の厳格な責任が、法令のエンフォースメントを補完してしまうと、エンフォースメントを敢えて穏やかにしている法令の政策的配慮を阻害する危険を指摘し、その例として、法的義務を果たさない事業者が存在することを前提とした障害者雇用義務のエンフォースメントを挙げる。障害者雇用義務は、当初努力義務として始まり、後に法的義務に「格上げ」されたが、格上げ後も障害者の法定雇用率を達成していない事業主から身体障害者雇用納付金を徴収する一方で、法定雇用率を達成した事業主には助成金を支給するというエンフォースメントを採用している。このようにエンフォースメントの在り方は、画一的なものではなく、法規制ごとに、様々な考慮の下、繊細に調整された多様なものであるが、会社法が取締役に法令遵守の厳格な責任を一律に課してしまえば、こうした法規制ごとの仕組みや政策目的等を阻害する可能性があり得るという指摘である。

本稿で挙げられた議論は、筆者のような企業のコンプライアンス上の問題に関わる者に、法的リスクに直面した取締役の任務について、広い視野で考えることの重要性を改めて思い出させてくれる。

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脚注   [ + ]

1. 田中亘『会社法〔第5版〕』(東京大学出版会、2025年)289頁参照。
2. 得津晶「取締役の法令遵守義務の帰責原理—法の変革における私人の役割?」神作裕之先生・藤田友敬先生還暦記念『商法学の拡がり』(商事法務、2025年)55頁、76頁等参照。

宮本 聡(みやもと・さとし)
2007年慶應義塾大学法学部卒業。2009年東京大学法科大学院修了。2010年弁護士登録。西村あさひ法律事務所(現西村あさひ法律事務所・外国法共同事業)で企業の危機管理案件を数多く経験後、米国留学(Boston University School of Law (LL.M. )修了)を経て、2017年~2021年に東京地検検事として経済事犯、特殊過失事犯等の捜査に従事。2021年弁護士再登録、現在西村あさひ法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士。主な業務分野は、企業不祥事対応、刑事事件を含む取締当局対応等の危機管理、コンプライアンスや不正防止体制の構築等。主な著書・論稿として法律実務家のためのコンプライアンスと危機管理の基礎知識』(共著、有斐閣、2025年)、『危機管理法大全』(共著、商事法務、2016年)、「不正競争防止法違反事件の刑事裁判における営業秘密秘匿決定制度の実務」(共著、NBL1049号(2015年5月1日号))等。また、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業が毎月発行している危機管理ニューズレターの編集委員も務める。

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