(第86回)価格・商品設計と法—NOVA事件の問題提起(丸山絵美子)
より速く、より深く、より広く…生きた法である“判例”を届ける法律情報誌「判例時報」。過去に掲載された裁判例の中から、各分野の法律専門家が綴る“心に残る判決”についてのエッセイを連載。【判例時報社提供】
(毎月1回掲載予定)
いわゆるNOVA事件
外国語会話教室の受講契約の解除に伴う受講料の清算について定める約定が特定商取引に関する法律49条2項1号に定める額を超える額の金銭の支払を求めるものとして無効であるとされた事例
最高裁判所平成19年4月3日第三小法廷判決
【判例時報1976号40頁掲載】
大学の助手時代に、消費者契約としての継続的役務提供契約の解消をテーマに助手論文を公表し、その後、1999年の特定商取引に関する法律の改正において、同法に「特定継続的役務提供」の規制に係るルールが導入された。この法改正は、特定商取引に関する法律(以下、「特商法」という。)の改正の数年前から行われてきた商務流通審議官の私的研究会である「継続的役務取引適正化研究会」や当時の沖野眞已教授・河上正二教授・中田裕康教授による「サービス取引研究会」の成果に依るところが大きいと考えられる。社会における問題状況と学界における研究の進展を背景に、特商法において、「契約自由の原則」や「契約の拘束力」という基本的考え方からは異質ともみえる、特定継続的役務提供契約の「中途解除権と違約金規制」が導入されたのである(特商法49条)。
この判決は、特商法49条1項が自由な中途解除権の行使を保障した趣旨に鑑み、数量割引(多くの回数を契約するほど単価が安くなる)が行われていた外国語会話受講契約における清算規定について、中途解除時に、契約時単価ではなく、消化回数で契約した場合の単価に近い額で清算する旨を定める清算規定は、実質的には、「損害賠償額の予定又は違約金の定め」として機能し、特商法49条2項1号に定める法定限度額を超える額の金銭の支払を求めるものとして無効であると判断したのである。本判決は、学者や実務家において賛否が分かれた。
私がこの判決をわくわく感とともに読み、検討し、現在も講義などで学生と議論する理由はいくつかある。
まず何よりも理論的に深める面白さがある。長期・多数回割引がある場合に、途中でやめるなら、割引分を清算するという発想は経済的にも合理的で、法的に無効とされるものではないのではないかという疑問に対し、およそ消化できない回数を安さにつられて契約するという不合理な消費者行動への対応と基準の明確さを踏まえ、判決を支持し得る理屈が成り立つこと。
問題となったビジネスモデル自体、適合性原則や暴利行為論、その後、特商法・消費者契約法において立法される過量契約規制という観点からアプローチが可能であること。
本判決の登場当時、特定継続的役務提供契約において数量割引がなくなったり、顧客による割引制度の濫用が生じるのではないかという懸念が言及されたが、そのような懸念は現実化せず、これには低額ではない違約金上限額を設定している強行法の作り方も関係し得ること。
最高裁が、当局の通達とは異なる解釈を示し、司法判断の独自性を確認できたことも本判決の特徴の一つである。
商品設計と価格に法がどのようにかかわるべきなのか、立法にあたり強行法規はどのような場合に必要となり、どのように設計すべきなのか、さらに深めるべき研究テーマを与えてくれた判決である。
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丸山絵美子(まるやま・えみこ 慶應義塾大学法務研究科教授)東北大学法学部卒業。名古屋大学大学院法学研究科教授などを経て現職。主要著作として、『中途解除と契約の内容規制』(有斐閣、2015)、『消費者法の作り方――実効性のある法政策を求めて』(編著、日本評論社、2022)、森田宏樹編集『新注釈民法(13)Ⅰ債権(6)』(分担執筆、有斐閣、2024)がある。



