『AI大格差 — 最先端の研究が明かす仕事と給料の未来』(著:宮本弘曉)

一冊散策| 2026.06.02
新刊を中心に,小社刊行の本を毎月いくつか紹介します.

はしがき

「AI は何歳だと思いますか?」

いきなりだが、クイズを出したい。

この数年、AI(Artificial Intelligence)という言葉は一気に日常語になった。書店には AI 本が並び、新聞やウェブでも AI に関する記事や話題が目立つようになった。急に「AI、AI」と騒がれ始めたので、AI は「若い技術」だと思う人も多いだろう。

だが、AI は若くない。「人工知能(AI)」という言葉が生まれたのは 1956 年。2026 年の今年、AI は 70 歳になる。もっとも、この 70 年の間 AI は一直線に進化したわけではない。熱狂と失望 —「ブーム」と「冬の時代」を何度も経験しながら、いまに至っている。

では、なぜ、いま一気に身近になったのか? その大きな理由は、AI が研究室の中だけの術から、誰もが日常的に使える道具へと姿を変えたことにある。転機の象徴が、2022 年に登場したチャット GPT(ChatGPT)だ。公開後わずか 5 日でユーザー数が 100 万人に達し、2025 年 10 月には、週次のアクティブユーザー数が世界人口の約 1 割にあたる 8 億人規模に達したと報じられた。AI はもはや一部の研究者だけの道具ではない。私たちの生活と仕事の隣に、AI が座り始めたのである。

本書は、AI の「すごさ」や「使い方」を解説する本ではない。追いかけるのは、AI が経済・社会に与える影響だ。

AI は、仕事の中身と給料の決まり方を変える。問題は、それが「いつか」ではなく、「すでに始まっている」ことだ。

そして、その変化は平等には訪れない。ここで生まれるのが「AI 大格差(だいかくさ)」だ。

AI 大格差の正体は、単純な「使う/使わない」の差ではない。第一に、仕事の中身(タスク)が変わる。第二に、AI の出力を見抜き、判断し、責任を持って意思決定に落とし込めるかどうか — ここで決定的な差がつく。第三に、その変化に合わせて学び直し、職を移れるかどうかで差が開く。この三つが重なるとき、格差は広がりやすい(備え次第で、未来は変えられる)。

ここで一つ誤解がある。AI は「使える人が勝つ魔法」ではない。むしろ逆だ。AI はもっともらしい文章を平然と出す。根拠が薄いのに結論だけは綺麗、ということもある。データ分析やコード作成でも事情は同じだ。だから問われるのは、使って終わりではなく、評価し、直し、責任を引き受けられるかどうかである。その力を持つ人ほど、仕事の価値は上がりやすい。持たない人は、同じ職場にいても役割が縮み、評価が伸びにくい。

歴史を振り返れば、技術革新はいつも人々の仕事を揺さぶってきた。新しい技術が現れるたびに、人々は「仕事が奪われる」と恐れた。実際、古い仕事は消えた。しかし同時に、新しい仕事が生まれ、社会は豊かになってきた。重要なのは、雇用の総量だけではない。「移行期」に誰が取り残され、誰の賃金が伸び、誰の仕事の価値が下がるのか—その違いが、格差として現れる。

今回の AI 革命は、その移行が桁違いに速い。しかも影響がホワイトカラーに及び、判断や意思決定の領域に踏み込んできた。だから、社会は「技術」だけではなく、「働き方」と「賃金」、そして「格差」を同時に問われる。

筆者の専門は労働経済学とマクロ経済学である。技術進歩が雇用と賃金をどう変えるのか—それは、筆者が長年追い続けてきた研究テーマの一つである。AI の登場によって、その問いは再び切実になった。2024 年には、主要 7 カ国(G7)による「人工知能と経済・金融政策立案に関するハイレベル専門家パネル」に参加し、議論を重ね、報告書を作成した一人でもある。専門家パネルには各国の研究者・実務家が集まり、2025 年にノーベル経済学賞を受賞したフィリップ・アギヨン教授も名を連ねていた。机上の議論ではなく、世界の現場で起きている論点を、最先端の研究と共にできるだけ噛み砕いて届けたい — それが本書の出発点である。

本書の執筆にあたり、名古屋大学の工藤(くどう)(のり)(たか)教授には原稿全体をご覧いただき、貴重なご助言を賜った。工藤教授とは十数年にわたり共同研究を重ねており、AI やロボットが経済や雇用に与える影響をめぐる工藤教授との議論は、本書の大きな支えとなった。心より感謝申し上げたい。また、本書の出版に際しては、日本評論社の杉田壮一朗氏に多大なご助力をいただいた。執筆の機会を与えてくださっただけでなく、構成や表現の細部に至るまで丁寧な助言をいただいたことに、深く御礼申し上げる。

AI がもたらす変化は、まだ始まったばかりである。だが、その波は確実に社会のすみずみへと広がり、私たちの働き方、さらには生き方を問うものとなっている。

未来を創るのは AI ではない。未来を創るのは、AI をどう使うかを決める、私たち人間自身である。

本書が、AI 時代の雇用と経済の未来を考えるうえでの手がかりとなれば幸いである。

2026 年 春

宮本弘曉

※本書で紹介する人物の所属・職位等は執筆時点のものである。

 

目次

  • 第1章 なぜいま「AI と労働」なのか?
  • 第2章 AI を知る — 進化の全体像
  • 第3章 歴史は語る — 技術進歩が雇用に与える影響
  • 第4章 最新経済学で読み解く AI インパクト
  • 第5章 AGI と未来の働き方 — シナリオ・プランニング
  • 第6章 AI にどう備えるのか?

書誌情報など

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