タックス・ヘイブンと脱植民地化の深い関係

海外論文サーベイ(経済セミナー)| 2026.01.29
 雑誌『経済セミナー』の "海外論文Survey" からの転載です.

(奇数月下旬更新予定)

Ogle, V.(2020) “`Funk Money’: The End of Empires, The Expansion of Tax Havens, and Decolonization as an Economic and Financial Event,” Past & Present, 249(1): 213-249.
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矢島ショーン

はじめに

今日、「タックス・ヘイブン」と呼ばれる租税回避地の存在は、租税をめぐる問題の中で最も困難なものの 1 つである。タックス・ヘイブンを経由した企業の利益移転や個人の資産秘匿によって、膨大な税収が失われている。その被害の算定は容易ではないが、Zucman の試算では、2014 年時点で、世界全体で毎年 1900 億ドルの税収が失われていた (Zucman 2015)。国際租税回避を監視するイギリスの NGO である Tax Justice Network によれば、この数字は 2024 年には 4920 億ドルへと膨れ上がっている。租税回避は、税収漏れだけでなく、各国政府による税率引き下げ競争の原因にもなっている。今回紹介する歴史家 Vanessa Ogle の論文は、1950〜60 年代を中心に、このタックス・ヘイブンの歴史的淵源を論じたものである。

この論文の最大の特徴は、20 世紀半ばの植民地独立というタックス・ヘイブンとは一見無関係な歴史現象が、その形成に与えた影響を明らかにした点にある。20 世紀の後半は、歴史上類を見ない「脱植民地化」の時代であった。アジアやアフリカの多くの国が、ヨーロッパ諸国やアメリカ、そして日本の植民地支配から独立した。Ogle (2020) はこの脱植民地化が、政治や文化の歴史の一部であると同時に、金融の歴史でもあったことを強調する。植民地独立の過程で生じた個人資産の移動とそれに伴うビジネス機会に着目することで、論文のタイトルにも含まれている「経済・金融現象としての脱植民地化 (Decolonization as an Economic and Financial Event)」を新たな研究テーマとして立ち上げた。

Ogle (2020) のもう 1 つの特徴は、銀行関連史料を用いることで、新しい研究テーマを実証面で根拠づけている点にある。論文では、バークレイズ銀行や 1950〜60 年代に活躍した銀行家の史料、さらにはイギリスやスイスの中央銀行の史料を活用し、タックス・ヘイブンでの資産管理業務の生成を明らかにしている。租税回避は、情報の入手が難しい「影の経済 (シャドー・エコノミー)」の代表例であるものの、Ogle (2020) は企業史料を用いることでこうした困難を乗り越えることが可能であることを示した点でも、重要な成果である。

脱植民地化と高課税国家のはざまで

Ogle (2020) は、1950〜60 年代のタックス・ヘイブンをめぐるビジネスの展開の背景として、この時代に脱植民地化と高課税国家の建設という 2 つの大きな変化が進んでいたことを重視している。以下ではまず、これらを簡単に整理する。

脱植民地化は、20 世紀最大の社会変動の 1 つであった。特に、Ogle (2020) が分析の対象とする 1950〜60 年代には脱植民地化の波がピークに達し、アジア・アフリカを中心に 100 近くの新国家が誕生した。1945 年の設立時に 51 であった国連の加盟国数は 1980 年には 154 に達している1)。旧植民地の独立は、現地で長年経済活動を営んできたヨーロッパ系住民には、接収や独立後の混乱による所有・営業上の大きなリスクを意味した。ここから、Ogle (2020) が「マネ ー・パニック (money panic)」と呼んだ、植民地からの急ピッチでの資産の引き揚げが起こってくる。

また、高課税国家の建設は、この時代のいわゆる先進国における変動であった。第一次・第二次世界大戦下の総力戦体制を契機として、1920 年代以降、国家による徴税と社会保障を通じた再分配が強められていく2)。税負担の上昇は、歴史上類を見ない水準で展開した。たとえばイギリスとフランスの個人所得税の最高税率は、1914 年にはそれぞれ $17\%$ と $0\%$ であったものが、1935 年には $64\%$ と $36\%$、1950 年には $98\%$ と $60\%$ に達し、その後 1980 年代まで同様の水準が維持された (Alvaredo et al. 2013)。Ogle (2020) が対象とする 1950〜60 年代を通じて、ヨーロッパ先進諸国の所得・資産の多くが国家に把握され、重税を課される状況が続いたのである。

旧植民地のマネー・パニックと先進国での高課税体制の並存という特殊な環境は、引き揚げ資産を本国ではなく第 3 国へと持ち出し、税負担の重い本国の外で (オフショアで) 管理することで課税を逃れることへの強力なインセンティブを生み出した。

資金持ち出しの要を担った銀行

この資産の持ち出しを支えたのが、ヨーロッパ諸国、特に広大な植民地を抱えていたフランスとイギリスの銀行であった。論文では、フランスの銀行がスイスに支店を開設し、そこに北アフリカを中心とした旧植民地地域の顧客の資産を誘導する姿や、イギリスの銀行がカリブ海地域の小国への資産の迂回を手配する姿が詳細に描かれている。ここでは、特に豊富な史料を用いて論証されているイギリスの事例を紹介する。

イギリス帝国における資金移動の流れは、ケニアとローデシア (現在のジンバブエとザンビアに相当) を中心としたイギリス領東アフリカから、カリブ海の植民地であったバハマ (1964 年から自治領) へ、というものであった。アフリカ全土で独立の機運が高まり「アフリカの年」と呼ばれた 1960 年頃から、ケニアやローデシアの白人系住民の接収・経済混乱への懸念が高まり、貯金や会社清算、土地売却をもとにした資金のバハマへの持ち出しが加速した。バハマがこれ以後、世界的なタックス・ヘイブンへと発展し、ケイマン諸島やバージン諸島など、類似の租税回避地がカリブ海域に展開する際のモデルにもなっていった。

この資金持ち出しを斡旋したのが、バハマに設置された国際的な銀行コンソーシアムであった。特に Ogle (2020) が詳細な史料の発見に成功したのが、「Awarak」と「BITCO (Bahamas International Trust Company)」と呼ばれた 2 つのコンソーシアムである。前者はイギリス系投資銀行クラインウォート・ベンソン、バンク・オブ・アメリカ、カナダ帝国商業銀行などによって、後者はバークレイズ銀行やカナダ王室銀行などによって、1950 年代後半に設立された。Awarak と BITCO はいずれも、資産保有会社と信託という法的枠組みを利用して、資産をバハマの法人で管理し、その運用益を旧植民地からイギリスやカナダに移住した委託者が匿名で受け取るサービスを展開していく。論文ではクラインウォート・ベンソンとバークレイズ銀行の当時の書簡などから、これらの銀行が脱植民地化を商機として認識し、旧植民地領での顧客の開拓に努めていたことが詳らかにされている。また、BITCO については議事録資料をもとに顧客の地理的な分布が数量的に整理されており、1960 年を境目に東アフリカ領出身の顧客が急増したことも示されている。

Ogle (2020) は、こうした銀行の資産管理サービスを利用した人々についても、銀行史料をもとに明らかにしている。そこでは、多様な背景と資産規模を持つ人々の姿が見えてくる。たとえば、アフリカのイギリス植民地各地を転々としながら、数十年にわたり植民地官僚、金融業者として働いた男性がバークレイズ銀行と BITCO に連絡をとり、自らの貯金、不動産の売却金、年金をバハマの資産保有会社へと移転し、最終移住先である南アフリカの所得税を逃れていた。また、南アフリカの鉱業経営者の一族の女性は 1960 年にイギリス本国への移住を行うにあたって、弁護士を通じてバークレイズ銀行に依頼し、タックス・ヘイブンに資産を置きながら、本国で収入を受け取る手はずを整えていた。また、あるケニアの会社所有者はバハマに資産保有会社を設立し、そこに清算したケニアの会社の資産 35 万ポンドを移転し、イギリスでの所得税・資産税を逃れていた。これらの記述は、タックス・ヘイブンの仕組みが、資産秘匿のインフラを整備する銀行の活動とともに、税を逃れようとする個人の意欲によって発展してきたことをよく示している。

現代への問いかけ:租税回避と低開発問題の淵源として

Ogle (2020) は、論文の終盤で、こうした実証的な発見が現代の生活に投げかける問題を説得的に示している。そこではいくつかの問題が論じられているが、中でも「オフショア租税回避」と「旧植民地地域の低開発問題」が強調されている。

1950〜60 年代の植民地独立と資産逃避の関係が投げかける最も直接的な問題は、それが今日のタックス・ヘイブンの起源となっていることである。論文によれば、租税回避は 1920〜30 年代頃からスイスなどでその端緒が見られたが、銀行業の積極的な関与を伴って世界的に展開し始めるのは、脱植民地化を背景とした 1960 年前後である。この基盤をもとに、資本移動の自由化が進む 1970 年代以降、先進国の企業・個人によるオフショアでの資産管理が爆発的に普及していった。冒頭で確認したように、タックス・ヘイブンの存在は、税収の漏れ、税率への引き下げ圧力、資産の不平等の固定化など、多くの弊害をもたらす。Ogle (2020) は、タッスク・ヘイブンをめぐる構造が深い歴史的背景を持つことを強調し、1970 年代以降の展開についてさらなる研究を呼びかけている3)

Ogle (2020) が投げかけるもう 1 つの現代的な問題は、植民支配から独立した国々の低開発の問題である。Ogle (2020) はタックス・ヘイブンへの資金の移動が、2 つの側面でその後の経済開発を規定したとする。第 1 に、独立直後の開発資金の不足と開発援助の形での還流の問題がある。1960 年前後の急激な資産の持ち出しは、現地で銀行危機を引き起こすほど深刻なものであり、開発の初期条件を極めて不利なものにした。引き揚げられた資本は、国際金融市場を通じて政府開発援助や民間投資の形で独立した国々に再流入し、旧植民地国の人々ではなくヨーロッパ諸国の政府や企業が管理する紐付きの形で提供された。第 2 に、新興国エリートによるタックス・ヘイブンの利用も問題として指摘されている。ヨーロッパ系住民の資金引き揚げを契機に形成されたオフショア資産管理のインフラは、その後新興国の政治エリートによっても利用されていく。Ogle (2020) が引用する 1970 年代のスイス中央銀行の内部調査では、エジプトのファルーク王、アルゼンチンのペロン、中華民国の蒋介石、インドネシアのスカルノなど、名だたる政治指導者・独裁者のスイスでのオフショア資産が特定されている。1950〜60 年代のタックス・ヘイブン経路の発展は、初期のヨーロッパ資産の引き揚げだけでなく、その後の新興国エリートの資金持ち出しを準備し、低開発状態の固定化を促進した。

おわりに

今回紹介した Ogle (2020) は、英語圏の歴史学において最も広く読まれる雑誌、いわゆるトップ・ジャーナルに掲載されたものである。そうした媒体に掲載されただけあって、新たな枠組みの提示、実証の深さ、そして現代社会への示唆という点で傑出している。まず、何より、脱植民地化という 20 世紀最大の社会変動の 1 つを、金融・経済の歴史として解釈する枠組みを打ち出したことが重要な貢献である。そのうえで、銀行資料を活用して脱植民地化と資金移動の関係をミクロに明らかにしている。最後に、この歴史上の実態の解明をもとに、現代の租税回避と新興国開発が抱える問題を歴史的に問い直すことに成功している。本論文はすでに広く読まれ引用されているが、これを契機として今後さらに経済・金融現象としての脱植民地化の歴史研究が進んでいくと考えられる。

参考文献

  • ケネディ、デイン (2023)『脱植民地化—帝国・暴力・国民国家の世界史』長田紀之訳、白水社。
  • シーヴ、ケネス = スタサヴェージ、デイヴィッド (2018) 『金持ち課税—税の公正をめぐる経済史』立木勝訳、みすず書房。
  • Alvaredo, F., Atkinson, A. B., Piketty, T. and Saez, E. (2013) “The Top 1 Percent in International and Historical Perspective,” Journal of Economic Perspectives, 27 (3): 3-20.
  • Ogle, V.(2020) “ ‘Funk Money’: The End of Empires, The Expansion of Tax Havens, and Decolonization as an Economic and Financial Event,” Past & Present, 249 (1): 213-249.
  • Zucman, G.(2015) The Hidden Wealth of Nations: The Scourge of Tax Havens, University of Chicago Press: 47-48 (林昌宏訳、渡辺智之解説『失われた国家の富—タックス・ヘイブンの経済学』 NTT 出版、2015 年).
(やじま・しょーん/東京大学経済学研究科・フライベルク工科大学経済学部博士課程)

続きは『経済セミナー』(2026年2+3月号通巻748号)で御覧ください

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脚注   [ + ]

1. 植民地独立とそのインパクトについては、ケネディ (2023) を参照。
2. 20 世紀半ばの高課税体制については、シーヴ=スタサヴェージ (2018) に詳しい。
3. 著者の Ogle は、Offshore: A Global History of Havens と題された 20 世紀全体のオフショア金融・投資の歴史をたどった単著を 2026 年に出版する予定である。

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