(第87回)労働者の転職の自由保障と競業避止義務等による制限(松井博昭)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2026.02.16
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(毎月中旬更新予定)

植田達「労働者の転職の自由保障と競業避止義務等による制限」

ジュリスト1607号(2025年3月)30頁

退職した労働者(退職労働者)に関する競業避止義務については、退職時の誓約書等で定められることが多いが、その有効性に関する最高裁判例が存在せず、下級審裁判例を参照しつつ検討する必要がある。この点、下級審裁判例を網羅的に分析した論文1)は、公表から時間が経過しているものが多いが、植田達「労働者の転職の自由保障と競業避止義務等による制限」(ジュリスト1607号30頁)は、近時の複数の裁判例を分析し、競業避止義務が与える影響について分析しており、実務上も有益な内容となっている。

労働者は、在職中、信義則(民法1条2項、労働契約法3条4項)の一環として競業避止義務を負うと解されており、使用者の同業他社の従業員や役員となること、競合事業を自ら行うこと、使用者の顧客を勧誘すること等は禁止される。これに対し、退職労働者は、誠実義務の根拠である労働契約が存在しないため、当然には競業避止義務を負わないが、契約内容決定の自由(民法521条2項)の下、特約により様々な退職後の義務が設定される一環として、競業避止義務が課せられることがある。

しかし、退職後の競業避止義務については、転職後の職業活動の制限として、職業選択の自由(憲法22条1項)への制約となり得ることから、公序法理(民法90条)の下で効力が制限されることがあり、具体的には、①競業制限の必要性、②競業制限の範囲、③代償措置等の要素を考慮し、特約が合理的な内容でなければ公序違反になるという枠組みが裁判例において採用されている。本稿は、これらの考慮要素について裁判例の傾向等を紹介している。

まず、①競業制限の必要性について、契約による競業制限、すなわち職業選択の自由に対する制約が正当化されるには、使用者に競業制限の正当な利益があり、かつ、制限を受ける退職労働者がこれに触れ得る地位にあって、競業を制限する必要性があることが求められるとする。これらが認められなければ競業避止特約は公序違反になる点で、この競業制限の必要性は公序法理の枠組みにおける競業避止特約の有効要件として機能していると指摘する。また、正当な利益を構成し得る情報には、ノウハウ・技術情報や、事業計画・価格情報等の経営情報、顧客情報等が挙げられるが、それらが実際に正当な利益を構成するか否かは、営業秘密(不正競争防止法2条6項)に当たるか否かという点だけでなく、使用者がどれほど資本等を投下したか、競合他社に競争上の優位性を与えるか等の事情によっても判断されるとする。

次に、②競業制限の範囲について、競業避止特約による競業制限は、その期間、地域、職種・業種、活動内容において、競業制限の正当な利益を保護するために必要な範囲に限定されていなければならず、その範囲を超える制限を課す特約は無効になるとする。そして、期間については、裁判所は2年超を過度に長いと評価する傾向もみられるが2)、例えば技術革新により陳腐化し得る技術情報等の場合は、その価値が保持され得る期間に限っては(時には長期でも)競争制限が正当化され得る一方、経営情報等の場合は、市場の変化に対応して更新されるものであるため、比較的短期間でも価値が失われることもあるとする。次に、地域については、通用性の高い技術情報を保護する場合や広域展開する事業の場合、地域の限定がなされなくても不合理でないと判断されることもあるが、その一方、地域密着的性格の強い事業では、広域の競争制限が問題視されることもあるとする。また、業種・職種や行為については、退職労働者の在職中と同一又は類似の業種・職種に限られるべきであると指摘する。

また、③代償措置について、本稿はこれが競業避止特約の有効要件であるか否かという論点について、有効要件とはならないと解した上、競業制限の①必要性と②範囲との比較衡量を前提とした弾力的概念であると指摘する。裁判例上、他の労働者と比較して退職労働者の不利益に見合った対価があったかを考慮する例もあるが、その一方、賃金や賞与、退職金の金額の多寡に着目して、競業制限との厳密な対価性は要求しないものや、代償措置自体が不十分でも損害額の算定において考慮すれば足りるとするものもあり、これらを踏まえる限り、妥当な指摘であろう。

競業避止義務違反について、本稿は、退職金の不支給等を巡り争われることも多いが、その本来的な効果は損害賠償と差止めにあるとする。実務に沿った指摘であるが、実際に競業避止義務違反が問われる事例では、並行して、不正競争防止法に基づく損害賠償請求や差止めが検討される事例も多く、また、競業避止義務違反の有無は、主に退職金の不支給を巡る論点において争われることも多い。

なお、競業避止特約の定めについては、英米法圏の依頼者から要求されることも多く、アメリカでは多数の裁判例が存在する。この点、本稿も紹介するとおり、アメリカでは、元々、多くの州法が日本法と同様に競業避止特約の合理性を基にその有効性を判断するというアプローチが取られてきたが、2024年4月23日、競業禁止条項規則(Non-Compete Clause Rule)(16 C.F.R. pt. 910)が採択され、これにより、労働者の競業禁止条項の締結や強制が連邦取引委員会法5条a項1号に違反する不公正な競争方法に該当することになり(910.2条a項1号)、結果として競業禁止条項は一律に禁止とされ、当該規則の禁止する競業禁止条項は契約上の効力も認められないこととされていた(910.4条a項参照)。しかしながら、その後、連邦裁判所が、競業禁止条項規則の効力を否定する判決3)を出し、これに対し、連邦取引委員会が上訴を断念して判決を受け入れる声明4)を出すに至り、議論は振り出しに戻っている状況である。

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脚注   [ + ]

1. 横地大輔「従業員等の競業避止義務等に関する諸論点について(上)(下)」(判タ1387号5頁、同1388号18頁)、経済産業省「競業避止義務契約の有効性」【PDF】等があるが、公表から10年以上が経過している。
2. 前掲・経済産業省は、1年以内の期間については肯定的に捉えられている例が多い一方、2年の競業避止義務期間について否定的に捉えられている例が見られるとする。
3. Ryan, LLC v. FTC, No. 24-10951(5th Cir. 2025)
4. United States of America Federal Trade Commission, Statement of Chairman Andrew N. Ferguson Joined by Commissioner Melissa Holyoak Ryan, LLC v. FTC September 2025 【PDF】

松井博昭(まつい・ひろあき)
AI-EI法律事務所 パートナー 弁護士(日本・NY州)。信州大学特任教授、日本労働法学会員、日中法律家交流協会理事。早稲田大学、ペンシルベニア大学ロースクール 卒業。
『和文・英文対照モデル就業規則 第3版』(中央経済社、2019年)、『アジア進出・撤退の労務』(中央経済社、2017年)の編著者、『コロナの憲法学』(弘文堂、2021年)、『企業労働法実務相談』(商事法務、2019年)、『働き方改革とこれからの時代の労働法 第2版』(商事法務、2021年)の共著者を担当。

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