(第85回)スポーツデータに対する不法行為による保護の可能性(濱野敏彦)

弁護士が推す! 実務に役立つ研究論文| 2025.12.15
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(毎月中旬更新予定)

髙部眞規子「著作権侵害と不法行為」

コピライト65巻771号(2025年)2頁~37頁より

スポーツに関するデータとして、①1球データ等の試合中に生じた事象に関する速報ベースのデータ(試合経過データ)、②打率、ゴール数等の試合で収集したデータにより作成・整理される選手やチームの成績に関するデータ(成績データ)、③球の速度、回転数等のリアルタイムで練習中や試合中の選手のプレイを自動追尾する「トラッキングシステム」により取得されるデータ(トラッキングデータ)、④走行距離等の選手の生体情報を収集して作成されるデータ(身体データ)等、様々なデータが存在する。そして、技術の進展により、取得することができるデータが増加し続けている。

データは、無体物であるため所有権の対象にはならない。そして、スポーツに関するデータは、営業秘密又は限定提供データに該当する可能性があり、いずれかに該当する場合には、不正競争行為に対して、差止請求、損害賠償請求等を行うことができる。

しかし、スポーツに関するデータにおいては、その性質上、営業秘密として保護されるために必要な管理の要件である秘密管理性や、限定提供データとして保護されるために必要な管理の要件である電磁的管理性を充足しないものも多い。

このように、スポーツに関するデータが、営業秘密や限定提供データに該当しない場合に、法的な保護が与えられることはないのであろうか。

本稿は、この点について考察するものである。即ち、本稿は、知的財産に該当しない場合において、不法行為が成立するかについて、元知財高裁所長である筆者が、裁判例(筆者自らが関与したものを含む)を検討した上で、不法行為(民法709条の法的に保護された利益の侵害)に該当するか否かについて考察した上で、問題になり得る類型として、スポーツデータ、声優の声の権利、及び、タイプフェイスについて検討するものである。

知的財産に該当しない場合において、不法行為が成立するか否かに関する最高裁判例として、北朝鮮映画事件最高裁判決(最一小判平成23年12月8日民集65巻9号3275頁)が存在する。

本稿では、まず、北朝鮮映画事件最高裁判決以前の裁判例として、佐賀錦袋帯事件、木目化粧紙事件、翼システム事件、ミーリングチャック事件、ヨミウリ・オンライン事件、通勤大学法律コース事件、genki21事件を解説した上で、北朝鮮映画事件最高裁判決以前において、一定の要件の下で民法上の不法行為による損害賠償責任を認める裁判例があったとしている。

次に、北朝鮮映画事件最高裁判決についての内容、及び、学説の状況について解説した上で、北朝鮮映画事件最高裁判決以前の裁判例について、北朝鮮映画事件最高裁判決の規範によっても不法行為が成立するかについて、考察している。

さらに、本稿では、北朝鮮映画事件最高裁判決後の裁判例において、囲碁将棋チャンネル事件(大阪高判令和7年1月31日(令和6年(ネ)第338号))等において、不法行為の成立が認められたことを解説した上で、知的財産に該当しない場合において、不法行為が成立するか否かの判断における4つの考慮要素として、①被侵害利益(保護の要請)、②侵害行為の態様(悪質性)、③主観的要件(目的の不当性)、④営業上の利益の侵害を挙げている。

①被侵害利益(保護の要請)については、(著作権法においては創作性や著作物性を基礎づけるものではないと考えられている)いわゆる「額に汗」(費用、労力等)が、考慮要素になりそうであると指摘している。

②侵害行為の態様(悪質性)については、裁判例において、規模の大きさ、反復継続性、分量等の事情が、考慮要素になり得ると指摘している。

③主観的要件(目的の不当性)については、害意の程度までいかなくても、そのままコピーしていること等についての故意があれば、主観的要件を充足するとの解釈を示している。

④営業上の利益の侵害については、不法行為が認められた各裁判例において、営業上の利益が侵害された事実が認定されていることを指摘している。

これらの点は、実際の事案において不法行為の成立の要否を検討する上で、重要な示唆を与えるものである。

加えて、本稿では、問題になり得る類型として、スポーツデータ、声優の声の権利、タイプフェイスの3つについて、それぞれ、不法行為が認められる余地があり得ると指摘する。

スポーツデータについて、囲碁将棋チャンネル事件における棋譜のリアルタイムの放送と同様の利益状況が生じ得るとする。そして、事実関係によっては、フリーライドを行った者に対して不法行為に基づく損害賠償請求が認められる余地があり得ると指摘している。

声優の声の権利について、声優の声の権利のように不正競争行為として新たに立法されるような利益が大量にそのままコピーされたり、無断で使われたりした場合には、不法行為が認められる余地があり得ると指摘している。

タイプフェイスについて、著作物に該当しないとしても、有料ライセンスの対象となっているものを大量にデッドコピーする等の不当な方法で使用されて営業上の利益が侵害されれば、不法行為が認められる余地があり得ると指摘している。

このように、本稿は、裁判例を解説した上で不法行為が成立するか否かの考慮要素を提示し、問題となり得る類型としてスポーツデータ、声優の声の権利、及び、タイプフェイスの3つを検討するものであり、実務上、不法行為の成立について検討する上で、示唆に富む論考である。

本論考を読むには
コピライト65巻771号(2025年)
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濱野敏彦(はまの・としひこ)
2002年東京大学工学部卒業。同年弁理士試験合格。2004年東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。2007年早稲田大学法科大学院法務研究科修了。2008年弁護士登録(第二東京弁護士会)。2009年弁理士登録。2011-2013年新日鐵住金株式会社知的財産部知的財産法務室出向。主な著書として、『AI・データ関連契約の実務』(共編著、中央経済社、2020年)、『個人情報保護法制大全』(共著、商事法務、2020年)、『秘密保持契約の実務〈第2版〉』(共編著、中央経済社、2019年)、『知的財産法概説』(共著、弘文堂、2013年)、『クラウド時代の法律実務』(共著、商事法務、2011年)、『解説 改正著作権法』(共著、弘文堂、2010年)等。