「アナ雪」「モアナ」シリーズの舞台裏—ディズニーの人権尊重責任と先住民族の権利(小坂田裕子)(特集:ビジネスの前提としての「人権」)
◆この記事は「法学セミナー」845号(2025年8・9月号)に掲載されているものです。◆
特集:ビジネスの前提としての「人権」
近年ますます関心が高まる、ビジネスと人権。
しかし、企業が経済利益に優先して人権尊重に取り組むようにするには、
なお多くの課題がある。
本特集では、国際人権基準の遵守が求められた企業活動の事例を振り返り、
市場、社会的信頼、そして法をベースとした規範力の可能性を検討し、
ビジネスの前提としての「人権」を考える。—編集部
1 はじめに
ディズニー映画は、時代に合わせて変化しながら多くのプリンセスを生み出し、世界中の子どもたちを魅了してきた。ディズニーのプリンセス像は、古典的な受け身の白人女性プリンセスから、1990年代には自律的で行動的な多様な文化的バックグラウンドをもつプリンセスへと戦略的に変化してくる。
こうした変化の中で、「ポカホンタス」(1995年)、「アナと雪の女王(アナ雪)」(2013年)、「モアナと伝説の海(モアナ)」(2016年)、「アナと雪の女王2(アナ雪2)」(2019年)、「モアナと伝説の海2(モアナ2)」(2024年)等、先住民族の出自をもつと思われるプリンセスも登場するようになった。特に、「アナ雪」と「モアナ」は大ヒット作品となり、シリーズ化され、関連グッズも沢山販売されている。
しかし、ディズニーが先住民族を映画で描くことについては、文化の商品化、文化の消費、文化盗用といった批判も存在する。他方で、ディズニーもこうした批判を乗り越えるべく努力をしてきた。その背景には、インターネットが普及する中、批判が無視できないほど国際的に拡散されたということもあるが、ウォルト・ディズニー社が2010年に人権ポリシーを作成し、企業として人権尊重責任を負うことを明確にしてきたことも指摘できる。後に見るように、現在の人権ポリシーは、2022年に改訂されたバージョンであるが、そこには先住民族の権利への言及もある。
本稿では、ウォルト・ディズニー社の人権ポリシーについて概観した上で、「モアナ」と「アナ雪2」において先住民族に関する文化の真正性(authenticity)や代表性(representation)を確保し、ひいては先住民族の権利を尊重するために、ディズニーがどのような努力を行ったのか、そこにいかなる意義と課題があるのか、またそうした努力を導いた背景を考察する。
2 ウォルト・ディズニー社の人権ポリシー
ウォルト・ディズニー社のウェブサイトから入手できる一番古いCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)報告書は、2008年版である。2010年版のCSR報告書でウォルト・ディズニー社は、世界人権宣言、労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言、更にはビジネスと人権に関する国連事務総長特別代表(当時はジョン・ラギー)の作業を参考に、人権ポリシーを作成したことを明らかにしている1)。ただし、2010年版人権ポリシーは、労働者の権利、子どもと若者の権利の尊重を中心としており、先住民族の権利への言及はなかった。
脚注
| 1. | ↑ | The Walt Disney Company, 2010 Corporate Citizenship Report,【PDF】p. 73 |





