(第81回)DXの進展により、変化する民事法の役割(有吉尚哉)
企業法務、ファイナンス、事業再生、知的財産、危機管理、税務、通商、労働、IT……。さまざまな分野の最前線で活躍する気鋭の弁護士たちが贈る、法律実務家のための研究論文紹介。気鋭の弁護士7名が交代で担当します。(毎月中旬更新予定)
西内康人「DXと民事法—消滅・発生構成と技術的条件の果たす役割」
法律時報97巻2号(2025年2月号)30頁
近年、暗号資産、ステーブルコイン、セキュリティ・トークン、NFT(Non-Fungible Token)など、主にブロックチェーン上の記録を前提とする電子的なトークンに権利・財産・経済的な価値を表象したデジタル資産が取引の対象となることが増えている。
このようなデジタル資産は、金融取引で用いられることも多いが、金融規制の分野では、資金決済に関する法律や金融商品取引法などによる各種デジタル資産に対する規制法の整備が進んでいる。一方で、2024年9月9日に法制審議会で「商法(船荷証券等関係)等の改正に関する要綱」が採択され、船荷証券と倉荷証券の電子化に向けた立法の取組みが進められているという例などはあるものの、デジタル資産の私法関係についての法制度の整備はほとんど進んでおらず、基本的に既存の法令の枠組みの中で法的な整理が必要となる。この点、デジタル資産の法的安定性を確保するためには、特に記録上の「権利者」と実体的な「権利者」を一致させることが求められるが、そのような効果の成否は実務上の工夫と解釈論に委ねられている状況にある。
本稿は、京都大学の西内康人教授が、DXと民事法が交錯する場面の一つとして、デジタル空間での権利の移転・対抗に関して、預金債権などに妥当する「消滅・発生構成」を適用することの当否について、デジタル資産の技術的条件の観点を踏まえて論じるものである。具体的には、まず、デジタルマネーに関して「デジタルマネーの私法上の性質を巡る法律問題研究会」(事務局:日本銀行金融研究所)が公表した報告書【PDF】で示された考え方をまとめ、債権に関して消滅・発生構成が認められるための要素を抽出する。次に、イギリスのLaw Commissionが公表したDigital Assetsに関する報告書【PDF】を参照し、物権に関してどのような実質を備えれば消滅・発生構成をとることができるか、議論をまとめている。そして、「設計の合理性と一般利用の大きさから推断される慣習、ならびに、排除可能性・競合性ならびにコントロールの移転という有体物と同様の実質が技術的条件で実装されていることこそが重要であり、これによって対抗要件を要しないような制度が構想されていることがわかる」と述べ、デジタルマネーの議論との関連では、「預金やデジタルマネーであれば、コントロールを表象するものとして名義が構想されているとみることができる」と整理している。
デジタル資産の移転や対抗関係について論じたり、整理を行ったりする研究者や実務家による論稿は(内容の当否や深浅を別として)これまでにも多く存在する。その中でも本稿は、消滅・発生構成の前提となる要素と、デジタル資産の技術的条件の関係性について整理しており、理論と実態の架け橋を適度な抽象度で提示するものとして実務的に有益な一稿と評価することができる。
もっとも、本稿が示す内容は、従来の解釈論を前提とした法的整理に留まらない。西内教授は、今後の課題として有体の世界のアナロジーでデジタル世界を考えてよいか、という点について疑問を投げかける。すなわち、デジタル空間においては、国家以外のシステム管理者に財産の使用収益が依存しており、法律関係よりもシステム設計の合理性の方が重要性を増すと指摘し、「DXが進展する中で民法の果たせる役割、あるいは、果たすべき役割は何か」今後の検討課題とせざるを得ないと結んでいる。
経済社会のDXの進展の中で、民事法分野における立法や法解釈の必要性が失われるものではないだろうが、ルールのあり方を考慮する際に、法令だけによるのではなく、技術的な枠組みによる事実上の効果も加味して考える必要があり、しかも後者の比重が高まっているということが示唆されている。視点を変えると、法制度の企画立案に携わる行政官も、法令の解釈に関わる研究者や法律実務家も、技術的・システム的な条件を十分に理解して、政策論や解釈論に取り組むことが求められるようになってきているということであろう。
本稿で題材とされたデジタル資産の取引に関する法的安定性を確保し、利用可能性を高めるためには、移転・対抗の規律を含む私法関係に関する立法が進められることが期待される。その際には、本稿で示されているように、DXの進展を踏まえた法律の役割も考えつつ、法概念と技術的条件の関係を意識してルール作りを行うことが求められる。さらに、本稿は、表題のとおりデジタル資産の移転・対抗に留まらないDXと民事法の関係についての示唆に富むものであり、立法論と解釈論の双方の土台となる視座を提供するものといえよう。
本論考を読むには
・法律時報97巻2号 購入ページへ
・TKCローライブラリー(PDFを提供しています。)
◇この記事に関するご意見・ご感想をぜひ、web-nippyo-contact■nippyo.co.jp(■を@に変更してください)までお寄せください。
この連載をすべて見る
有吉尚哉(ありよし・なおや)2001年東京大学法学部卒業。2002年西村総合法律事務所入所。2010年~11年金融庁総務企画局企業開示課専門官。現在、西村あさひ法律事務所・外国法共同事業パートナー弁護士。金融審議会専門委員、財政制度等審議会臨時委員、金融法学会理事、金融法委員会委員、日本証券業協会「JSDAキャピタルマーケットフォーラム」専門委員、東京大学公共政策大学院客員教授、武蔵野大学大学院法学研究科特任教授、一般社団法人流動化・証券化協議会理事。主な業務分野は、金融取引、信託取引、金融関連規制等。主な著書として、『成長資金供給とイノベーションの政策学』(中央経済社、2025年、共編著)、『サステナビリティ大全』(商事法務、2025年、共著)、『フィデューシャリー法大全』(弘文堂、2024年、共訳)、『動き出す「貯蓄から投資へ」―資産運用立国への課題と挑戦』(金融財政事情研究会、2024年、共著)、「日本法の下でのESG/SDGsを考慮した投資と法的責任」『フィデューシャリー・デューティーの最前線』(有斐閣、2023年)、「事業成長担保権に信託を用いることに関する一考察」『検討! ABLから事業成長担保権へ』(武蔵野大学出版会、2023年)等。論稿多数。




